ルシア・ベルリン
1936年アラスカ生まれ。
鉱山技師だった父の仕事の関係で幼少期より北米の鉱山町を転々とし、成長期の大半をチリで過ごす。
3回の結婚と離婚を経て4人の息子をシングルマザーとして育てながら、学校教師、掃除婦、電話交換手、看護助手などをして働く。
いっぽうでアルコール依存症に苦しむ。
20代から自身の経験に根ざした小説を書きはじめ、77年に最初の作品集が発表されると、その斬新な「声」により、多くの同時代作家に衝撃を与える。
2004年逝去。

岸本 佐知子 (きしもと・さちこ)
翻訳家。
訳書にL.ディヴィス『話の終わり』、M.ジュライ『最初の悪い男』、S.ミルハウザー『エドウィン・マルハウス』、J.ウィンターソン『灯台守の話』、G.ソーンダーズ『十二月の十日』など多数。
翻訳書に『恋愛小説集』『楽しい夜』『居心地の悪い部屋』ほか、著書に『死ぬまでに行きたい海』ほか。
2007年、『ねにもつタイプ』で講談社エッセイ賞を受賞。

本国アメリカで衝撃を与えた奇跡の作家であるルシア・ベルリンは、現筆味の溢れる客観性と緻密なディテール、共感性あふれる作品世界を持つ。
また無駄のない言葉は、〈次は何が起こるか〉と読者を引き込みながら、先の展開がわからない不思議な思いに引き込まれていく。

作品の多くは、実人生に基づいているという。
が、空想や誇張をも含むその文章からは、決して作り話とは思えないリアリティを感じさせる。
何とも不思議な作品でもある。
彼女は、並み外れて多くの場所で暮らし、小さい頃から脊椎矯正器具をつけ、身体の不自由さを感じ、周囲からのいじめをはじめ、母親・祖父のアルコール依存、自身のアルコール依存などを抱えた人生を送る。

毎日バスに揺られながら他人の家に通い、ひたすら死ぬことを願う掃除婦(「掃除婦のための手引き書」)や、アメリカ史を教える教師であるドーソン先生と共に、毎土曜日に貧民街にボランティアに行っていたが、父親に言ったたった3つの単語で、彼女は首になり、二度と会うことがなかった(「いいと悪い」)。

様々な心の揺れと様々な思いが去来する作品は、そのリアリティさからくる戸惑いと果てしない興味と、苦しみに対する共感を呼び覚ます。
小出版社の世界にとどまっていた彼女の作品は、中堅出版社の世界へと移った。
そして今、更なる大きな飛躍を秘めたより大きな世界へとその作品は広がりつつある。

(J)

「掃除婦のための手引き書」 ルシア・ベルリン作品集