京極 夏彦
1963年北海道生まれ。
’94年『姑獲鳥の夏』でデビュー。
’96年『魍魎の匣』で日本推理作家協会賞受賞。
この二作を含む「百鬼夜行シリーズ」で人気を博す。
’97年『嗤う伊右衛門』で泉鏡花文学賞、2003年『覗き小平次』で山本周五郎賞、’04年『後巷説百物語』で直木賞、’11年『西巷説百物語』で柴田錬三郎賞を受賞。
他の著書に、「百鬼夜行シリーズ」の未来を舞台とした「ルー‐ガレーシリーズ」などがある。

だらだらといい加減な傾斜で坂道が続いている。
その坂道を上りつめたところに京極堂という古本屋がある。
店主の名は、中禅寺秋彦といい、武蔵声明社の神主で、「憑物を落としたり悪霊を祓ったりする祈祷師」でもある。
京極堂と大学時代から付き合いである関口巽は、文士であった。
関口は、人伝に奇妙な出来事を聞き、京極堂に意見を聞きに行く。
その出来事とは、妊娠20か月にもなるのに子どもが生まれず、出産の気配すらないというものであった。
妊婦の名は、久遠寺梗子といい、その夫の牧朗もまた、失踪しており、兼ねてより、いろいろなうわさが飛び交っている東京・雑司ヶ谷の医院でのことだった。
『この世には不思議なことなど何もないのだよ—』と京極堂は言う。

久遠寺牧朗は旧姓藤野牧朗といい、関口や京極堂の先輩にあたる人物で医学部志望だった。
そして彼は、関口に恋文を託し、その願いどおりに久遠寺家の娘・梗子と結婚した。
その彼の行方がわからないという。

梗子の姉・久遠寺涼子は、探偵の榎木津に牧朗の捜査を依頼する。
たまたまその場に居合わせた関口は、にわか探偵の役を請け負うことになり、この事件を捜査をすることになる。
いつになっても生まれない子ども、密室で行方不明になった夫、そして、かねてより噂になっている行方不明の乳児たち、謎は深まる。
憑物筋の家系という噂のある久遠寺家の忌まわしい血が事件を招いたのか。
どうあがいても脱出できない密室の真相は、果たしてどんなものなのだろう。

意識とは「脳と心の交流の場」だと京極堂はいう。
実際には起こっていないことや実際には存在しないものが、現実と寸分違わぬ形で意識にのぼる。
これらは記憶から派生したものだが、意識化では現実と区別できない。
夢と仮想現実の差はただ一つ、現実との接点を睡眠からの覚醒に求め得るかどうかだと彼は言う。

神秘主義や非合理主義を排除し、明らかにされていく謎は、読む者を夢中にさせる。
何とも言い難い思いの残る作品であった。

(J)

 

「姑獲鳥(うぶめ)の夏」