乃南 アサ Nonami Asa
1960(昭和35)年、東京生れ。
早稲田大学中退後、広告代理店勤務などを経て、作家生活に入る。
’88年『幸福な朝食』が日本推理サスペンス大賞優秀賞になる。
’96(平成8)年『凍える牙』で直木賞受賞。
他に『団欒』『風紋』『鎖』『未練』『晩鐘』『二十四時間』、エッセイ集『女のとなり』、初めてケータイ小説に挑戦した『あなた』など著書多数。
巧みな心理描写は高く評価されている。
悪魔の羽根
細田マイラはフィリピン生まれだ。
飛行機雲を見ていても、故郷のマニラを思い出すことがある。
小さい頃から、日本商社に勤める父親の影響もあって、日本に興味を持ち、日本語や日本の歴史を学び、そして日本にやってきた。
夫である卓也と出会い、結婚し、九州に暮らしていた。
二人の子どもにも恵まれ、幸せいっぱいのマイラだった。。
が、銀行マンの卓也の転勤で新潟に引っ越すことになる。
心細い思いの中、初めて見る雪に心弾ませることもあった。
雪は天使の羽根と思うこともあった。
子どもたちはすぐに慣れて、学校のスキー教室に行ったり、雪の中でそりをしたり雪ダルマを作ったりして、はしゃいで遊んでいる。
しかし、マイラにとって雪国での生活はしんどい。
この寒さは、マニラにいる両親には想像できないだろう。
買い物に出かけるだけでも滑って転びそうだ。
洗濯ものは、家の中に干すので湿気で窓ガラスが水滴でいっぱいだ。
窓の外は灰色一色の世界。
一日中、家の中でこたつに入ってごろごろしている。
卓也からも外に出るように言われているがそんな気にはなれない。
以前は、子供たちのおやつも手造りしていた。
子どもの遊ぶ声もうっとうしい。
雪は、悪魔の羽根だ。
マイラは、そう思った。
太陽の燦燦と輝るマニラから来たマイラにとって、雪は興味深いものでもあったが同時に、どうしようもないくらい大変なものだった。
うつうつ晴れぬ思いは、どんどんとマイラを変化させていく。
そして、マイラの周囲への思いは、徐々に憎しみへと変わる。
自分でもどうしようもない状況の中でもがくマイラに、救いの道はあるのだろうか。
人間心理描写の巧みな筆者が繰り広げる7つの短編小説は、どれも少し怖い人間の心を描く。
《そんな馬鹿なこと》とは思えない、どこにでもあるような不思議な心理を巧みに描く。
軽いタッチの深い思いは、読んでみると掴みどころのない心地悪さと、人間への興味を掻き立てていく。
(J)