須賀 しのぶ (すが・しのぶ)
上智大学文学部史学科卒業。
1994年「惑星童話」でコバルト・ノベル大賞読者大賞を受賞しデビュー。
2010年『神の棘』で各種ミステリーランキングで上位にランクイン、高く評価される。
2013年『芙蓉千里』でセンスオブジェンダー賞大賞受賞。
2016年本作で第18回大藪春彦賞を受賞。
2017年『また、桜の国で』が第156回直木賞候補作に、また第4回高校生直木賞を受賞。
高校野球を題材にした連作短編集『夏の祈りは』では、本の雑誌が選ぶ2017年度文庫ベストテン第一位、2017年オリジナル文庫大賞という二冠を達成した。

眞山柊史は、今日昭和が終わったと、日本から約九千キロ離れた東ベルリンでハーケ氏から聞いた。
外務省がまわしてくれた国民車の乗り心地はすこぶる悪く、口を開くと舌を噛んでしまいそうだった。
たかが留学生ひとりに外務省が迎えに来てくれるとは思わなかった。

眞山はピアニストで、ドレスデン・カール・マリア・フォン・ウェーバー音楽大学に通う。
バッハを弾くために周囲の反対を押し切ってここに来た。
下宿先の隣室のファイネンさんは教師で、親切に何かと世話を焼いてくれる。
ドレスデンの町の色は暗かった。
その中で出会ったオルガンの音色は、そんな眞山の心の沈みを解放すると同時に、音楽に求める彼の音を彷彿させた。
オルガン奏者は、美貌の若き女性、クリスタ・テートゲス。
彼女の音に惹かれ、彼女にも惹かれる眞山だったが、そんな彼にクリスタは、この国には敵か仲間しかいないと言い放つ。

ベルリンの壁が崩壊する以前の東ベルリンは、生活は質素だった。
豊かな生活にあこがれて、西側諸国への逃亡が頻繁に起きていた。
そんな彼らには、日常的にシュタージという人々の監視の目があった。
そして、危険とみなされた人は、密告され処罰された。

大学の同級生には眞山と同じ東洋からの留学生もいた。
北朝鮮から来たピアノ科の李英哲(リ・ヨンチュル)、ベトナムからのスレイニェットだ。
そしてハンガリーからはバイオリン科ラカトシュ・ヴェンツェルは、国際コンクールでも入賞するほどの逸材の人物であった。
眞山は、恵まれた容姿と正確無比な演奏をするとされるイェンツ・シュトライヒと仲良くなる。

ヴェンツェルや李からは、過激に蔑みが繰り返される眞山の演奏。
自分の音が見つけられなくて、スランプに落ち込む眞山には、クリスタとイェンツの存在は一筋の光とも思える。
ヴェンツェルやクリスタの放つその音を追い求めていく眞山だが、彼にもまた、シュタージの目が光る。

政治的背景、生活や習慣など様々なものが違う留学先の東ベルリンで、戸惑いながらも必死に自分の音楽・音を追い求める眞山柊史の日常生活の中に溢れる疑惑や、謎めく人間関係を巧みに描く秀作である。
歴史的なベルリンの壁の崩壊前夜の様子も、読み応えのなるものとなっている。

(J)

「革命前夜」