窪 美澄 Kubo Misumi
1965(昭和40)年、東京生まれ。
カリタス女子中学高等学校卒業。
短大を中退後さまざまなアルバイトを経て、広告制作会社に勤務。
出産後、フリーの編集ライターに。
2009(平成21)年「ミクマリ」で女による女のためのR -18文学賞大賞を受賞。
受賞作を所収した『ふがいない僕は空を見た』が、本の雑誌が選ぶ2010年度ベスト10第1位、’11年本屋大賞第2位に選ばれる。
また同年、同書で山本周五郎賞を受賞。
’12年、第二作『晴天の迷いクジラ』で山田風太郎賞を受賞。
その他の著作に『クラウドクラスターを愛する方法』『アニバーサリー』『雨になまえ』『よるのふくらみ』『水やりはいつも深夜だけど』『さよなら、ニルヴァーナ』『アカガミ』がある。

自然分娩を求めて、病院ではなく、助産院での出産を求める妊婦さんの予約は、多く、埋め尽くされている。
自然、自然と、ここの助産院にやってくるたくさんの妊婦さんたちが口にする。
彼女たちが言う自然には、自然淘汰されてしまう命の存在も認めることになる。
お産が進まない状況やトラブルがあると、緊急の手術ができる病院に搬送することになる。
一年前から、ここの助産院の助手を務めているみっちゃんは、中学校・高校時代には「殺人以外の目につく悪いことはなんでもひととおりやった超不良」だったそうだ。
それに、「八人兄弟の長女で、母親はパチンコなかりやってて、なーんにもできない人だったから、自然とうまくなった」という彼女の作る食事は、本当においしくて、妊婦さんたちにも好評だ。

高校に入って、卓巳が恋愛をしていることはうすうす感じていた。
ある日、突然バイトに行かなくなり、二学期が始まっても学校に行かない日が多くなった。
最初は無理矢理学校に送り出していたが、秋の深まる頃には部屋から出てこなくなった。
助産院のメールに、「お前の息子は変態だ」「助産院の息子だからだ」「お産の手伝いなんてさせるから、こんな息子になるんだ」と書いてくる人もいた。卓巳は、小さい頃から、泣き続ける新生児や、苦しんでいる産婦さんを見ると、一緒に泣き出してしまうような子どもだった。
子どもが泣き続けていると、一緒に布団に横になり、赤ん坊の背中をさしくたたいてなだめるようなそんな子どもだった。

畳んだ洗濯物を抱えて、洗面所の鏡に映る疲れきった自分の顔を見る。
腰も痛い。
いつも通うリウ先生のところの漢方薬を飲んで、少しはましにはなっている。
卓巳がトイレに入っているすきに、みっちゃんは、卓巳の部屋からはさみやカッターを探し出し、エプロンのポケットに入れる。
卓巳の学校の担任の野村先生は、出産が近い。
この助産院で、自然分娩する予定だ。
野村先生は、卓巳のことも気にかけてくれている。
十五年も母親をやっていたって、迷うことばかりだ。
どうしていいのかわからず、仕事の忙しさに逃げ込んだのだ。

女手一つで育てた一人息子の不登校、ぼけた祖母と二人で暮らす卓巳と同じ高校に通う福田君。
姑に不妊手術を迫られる里美など、連作を集めた長編小説だ。

「彼や彼女たちが失ってしまったものではなく、彼や彼女たあちがどうにも持て余してしまう〈やっかいなもの〉=「過剰」を活写した。」(解説より 抜粋)

折り合いはうまくつけられるわけでもなく、ますます厄介なことになりそうな予感を孕みながらも、その迷いを描く物語でもあった。

(J)

「ふがいない僕は空を見た」