下村 敦史(しもむら・あつし)
1981年京都府生まれ。
2014年に『闇に香る嘘』で第60回江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。
同作は「週刊文春ミステリーベスト10 2014年」国内第2位、「このミステリーがすごい!2015年版」国内編3位と高い評価を受ける。
同年に発表した短編「死は朝、羽ばたく」が第68回日本推理作家協会賞短編部門候補作に、『生還者』が第69回日本推理作家協会賞の長編及び連作集部門の候補作となった。
他の作品に『難民捜査官』の「難民捜査官」シリーズ、『叛徒』『真実の檻』『失踪者』『告白の余白』がある。

村上和久は、69歳。
カメラマンだった和久は、41歳の時、全盲になった。
そして、狷介な性格の和久は、その頑固さと頑なさから、妻は家を出て、その後離婚するが、彼女は、数年後交通事故で死んだ。
二人の間には娘・由香里がいるが、その娘とも、妻と同様に確執があった。
由香里には、腎臓移植を待つ一人娘・夏帆がいる。

かわいい孫の為に、どうにか役に立ちたいと願う和久だったが、和久の腎臓は移植には向かないと医者から言われている。
残された方法は、身内に頼るしかない。
6親等以内の血族なら生体腎移植のドナーになれる。
和久は、岩手にいる兄・竜彦に頼ろうとするが、彼は頑なに移植を拒否する。
なぜ、竜彦はそれほどまでに拒否するのか。
兄は、中国残留日本人孤児だった。
和久一家は、戦中に満州に移民したが、60年前の敗戦前後にロシア軍に追われて逃げる途中に、濁流の川に流され、母や和久と離れ離れになってしまったのだった。
置き去りにされた兄を含む多くの孤児たちは、中国人に拾われて養子として40年間育てられた。
帰国した当時の兄は、ろくに日本語も話せず、それが今も引きずっている溝の一因だろう。

だが、どうして兄はあそこまで頑なに移植を拒否するのか。
和久は、竜彦が実の兄ではないのではないかと疑い始める。
27年前に兄が帰国した折には、彼はもう目が見えなかった。
和久は、事実を確かめるために、中国残留孤児の運動に携わる人々を訪ね始める。
そんな折、和久の身のまわりに様々な奇妙なことが起こり始める。

満州での過酷な思い出と、目が見えないことで、和久の日常的に起こる数々の困難や不安や恐怖を、わかりやすい文章で綴る秀作である。
そしてまた、予測不可とも思われる、思いもよらぬ驚愕の真実が待ち受ける結末でもあった。
ミステリーとしても秀作であるこの作品は、十分に堪能できるものでもある。

(J)

 

 

「闇に香る嘘」