乙一 おついち
1978年福岡生まれ。
「夏と花火と私の死体」で第6回ジャンプ小説・ノンフィクション大賞を17歳で受賞し、衝撃のデビュー。
現代日本ホラー小説界の若き俊英として注目を集めている。
九歳の夏休みだった。
村では、数日後にせまった小さな花火大会がある。
私・五月は、一番仲の良い同級生の橘弥生ちゃんや、そのお兄ちゃんの健くんと毎日一緒に遊び回っていた。
健君と弥生ちゃんの家はお宮からけっこう遠い。
夏の強い陽射しと青々と染まった稲の絨毯、砂利道を通って橘家へと行くと、期待した通り、緑さんがアイスクリームを持ってきてくれていた。
緑さんは、アイスクリームの工場で働いている。
「ねえ、テレビつけて。もうすぐアニメあるから」
弥生ちゃんのお母さんは、娘になにも言わずにテレビをつけてくれる。
私の家では食事中にテレビを見ると言い出すといろいろと文句を並べられる。
優しいお母さんを持った弥生ちゃんがうらやましかった。
テレビをつけると行方不明の小学生の男の子の写真が写る。
他にも誘拐されたらしい子供は5人いた。
六時になるまでアニメを見て、大量のアイスもたいらげた。
弥生ちゃんと私は、橘家の裏に広がる森に遊びに行くことにした。
夏の六時はまだ明るい。
森の南側の開けた場所で背の高い木が生えている。
その場所は、三人の秘密基地だ。
弥生ちゃんは、健くんと違う家に生まれたかったという。
健くんと結婚できないから違う家に生まれたかったようだ。
でも健くんは、緑さんが好きだ。
そして私も健くんが好きだと弥生ちゃんに言う。
その健くんが歩いてくるのが見える。
「おーい、やっほ!」
私は大きな声で健くんに叫んだとき、私の背中に小さな熱い手を感じた。
弥生ちゃんの掌だと思った瞬間、その掌は力強く私を押し出した。
バランスを崩した私は枝から落ちる。
止まらずに落ちていく。
何本もの枝を折りながら自分のつぶれる音を聞いた。
私は死んだ。
その後、私の死体は、健くんと弥生ちゃんの手で森の脇を通る人気のない道路と森の中に入っていく道のぶつかるコンクリ―トの蓋のある溝に隠された。
翌日には、健くんの部屋に。
三日目には、田んぼのあぜに隠された。
私の死体を隠す二人には、次々と危機が訪れる。
死体をどこに隠せばいいのか。
恐るべきこの兄妹は、悪夢のような4日間を迎える。
若干、17歳の作家が描いたホラー作品である。
連続誘拐事件に見せかけるために、次々と考え出される隠し場所であるが……。
恐ろしくもありながら、どんな展開になるのかとハラハラドキドキする。
朽ち果てていく「わたし」の目で、兄妹の冒険を見守る語り口は、奇妙であるはずなのになぜか違和感を感じさせない。
結末を読み急ぐ、そんな作品であった。
(J)