辻村 深月(つじむら・みづき)
1980年山梨県生まれ。
2004年『冷たい校舎の時は止まる』で第31回メフィスト賞を受賞しデビュー。
11年『ツナグ』で第32回吉川英治文学新人賞、12年『鍵のない夢を見る』で第147回直木三十五賞、18年『かがみの孤独』で第15回本屋大賞を受賞。
他にも『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』『本日は大安なり』『オーダーメイド殺人クラブ』『水底フェスタ』『島はぼくらと』『ハケンアニメ』『青空と逃げる』『噛みあわない会話と、ある過去について』『傲慢と善良』など著書多数。

栗原佐都子は、2LDKのマンションのリビングにある固定電話がなり、電話をとった。
あってもなくてもいい電話だが、わざわざ解約するもの面倒でそのままにしてある固定電話だ。
ここ一カ月ほどいたずらとも思える無言電話がかかってくる。
6歳になり幼稚園に通う息子の朝斗が電話を取ったこともある。
今日も、沈黙の後電話が切れた。
悩むというほどではないが、気持ちのいいものではない。
都心から近く住みやすい町として注目されるここに引っ越してきたのは、朝斗の母親になる前のことだった。

長く辛い不妊治療の末、夫・清和との話し合いの上、特別養子縁組という手段を選んで、朝斗と名づけた我が子を授かる。
幼稚園に通うまでに成長した我が子や清和と共に、佐都子は平穏な日々を過ごしていた。
あんなある日、夫婦のもとにかかってきた電話は、「子どもを返してほしい」というものだった。
そして、もしそれが嫌ならお金を用意してするようにということだった。
幽霊のように生気がない電話の向こうの声は、朝斗を生んだ片倉ひかりなのか。

ひかりが、子どもを産んだのは中学生だった。
麻生巧は、バスケット部の中でも人気のあるモテる男子だった。
女らしいとは無縁ものを好み、髪もショートカットのひかりは、「かわいい」といわれるようなタイプではなかった。
ひかりは、「つきあってください」という巧からの告白に、今まで彼に気後れしてきたことも忘れて、かっこいい女になれたような気になった。
「いいよ、付き合おう」。
ひかりの家は、気まずい話題は極力、会話に出さないようにする。
パスワードを設定しないと、両親は黙って携帯電話のメールもチェックする。
セックスや恋愛に杓子定規な考え方しかしない両親を、見返すような気持ちだった。

望んでも得られなかった妊娠と望まれない妊娠。
朝斗の年の離れた二人の母親のそれぞれの生き様を、社会的な視点だけではなく、佐都子やひかりの各々の葛藤・不安や切望を描く物語でもある。
ハラハラしながら展開する物語は、読んでみる価値がある内容であった。

(J)

「朝が来る」