沢木 耕太郎 Sawaki          Kotaro
1947(昭和22)年、東京生れ。
横浜国立大学卒。
ほどなくルポライターとして出発し、鮮烈な感性と斬新な文体で注目を集める。
『若き実力者たち』『敗れざる者たち』等を発表した後、’79年『テロルの決算』で大宅壮一ノンフィクション賞、’82年には『一瞬の夏』で新田次郎文学賞を受賞。
常にノンフィクションの新たな可能性を追求し続け、’95年、檀一雄未亡人の一人称話法に徹した『檀』を発表。

作家・檀一雄の代表作ともいえる『火宅の人』は、家族から離れ、愛人との暮らしを綴った私小説作品である。
十四年にわたり文芸誌の断続的に掲載されたものであり、未完成だった作品は、檀一雄が癌で入院しているとき、口述で聞き取り、文書に仕上げたものであるという。
単行本で五十三版四十七万部、文庫本が上下合わせて百七万部、文学全集の一巻として五万部と、百五十万を超える部数が発刊された作品である。
直木賞受賞して以来、文学賞と縁のなかった檀一雄が、この『火宅の人』で読売文学賞と日本文学大賞という大きな賞を受賞している。

あらゆる意味において、この『火宅の人』は、檀やその遺族にとって大きな作品であったという。
妻にとっては、夫とその愛人との交情を描いた作品であり、様々な思いが渦巻くものであったし、つらい作品でもあった。
また、本を読む妻にとっては、ぐさりと刺してくるもののある作品でもある。

70歳を超えたばかりの壇の妻ヨソ子の下に、檀の思い出を語ってほしいとの申し出があり、断るつもりだった。
が、檀一雄の像を明瞭にすることは、決して悪いことではないと思うようになり、遺された家族の義務なのかもと思った。

本書『檀」は、檀ヨソ子の一人称の語り口で書かれたものである。
が、ヨソ子が話したことを作者がまとめたもので、作品の終わりの方では、妻が夫に語り掛けるような言葉使いにもなっている。
筆者も入れれば、三人称であり、すべてを俯瞰する内容は、四人称ともいえる。
作家の妻」としての30年の痛みと愛と、その真実を、妻であり、母親としての立場から綴る秀作である。

(J)

 

「壇」