東野 圭吾 ひがしの・けいご
1958年大阪市生まれ。
大阪府立大学電気工学科卒業。
85年『放課後』で第31回江戸川乱歩賞、99年『秘密』で第52回日本推理作家協会賞、2006年『容疑者Xの献身』で第134回直木賞と第6回本格ミステリ大賞、12年『ナミヤ雑貨店の奇跡』で第7回中央公論文芸賞、13年『夢幻花』で第26回柴田錬三郎賞、14年『祈りの幕が下りる時』で第48回吉川英治文学賞を受賞。
『白夜行』『幻夜』『分身』『怪笑小説』『黒笑小説』『歪笑小説』『マスカレード・ホテル』『マスカレード・イブ』ほか著作多数。

山岸尚美は、ホテル・コルテシア東京に就職してから4年余りたつ。
希望のフロントオフィスに配属されたのは先月のことだった。
最初のチェックアウト業務から今はチェックイン業務をしている。
チェックアウト業務に比べてチェックイン業務は遥かに難しい。
ホテルの泊まる客たちの要求は千差万別で、時には無理難題を言われることもあるからだ。
トラブルが起きないよう処理していくのがプロのフロントクラークだ。

午後八時を少し過ぎた頃、3人組が現れた。
二年ほど前に引退した元プロ野球選手の大山将弘で、今はタレント活動や野球解説などをしている。
体格のいいもう一人の顔にも見覚えがあった。
やはり元野球選手だ。
スーツケースから察するに、このホテルで一泊し明日成田空港から海外旅行に向かうのだろう。
一人だけスーツを着ている男性が小走りでフロントにやってきた。
「ミヤハラという者ですが……」、ミヤハラはかつてよく耳にした名前だ。
宮原隆司という名前を見つけ、息を呑んだ。
あっ、と声を漏らしていた。
宮原武志は、尚美の大学の先輩で、映画同好会の歓迎会で知り合った。
映画『グランド・ホテル』がきっかけで急速に接近し恋愛へと発展した。
宮原が卒業後、会社の倒産で職場を失い連絡が途絶えがちになり、音信不通の状態が3週間ほど続いた後、彼は大阪の会社に行くことになり、その後二人の関係は途絶えた。

尚美が夜勤の担当者に仕事を引き継いだ午後10時に、携帯電話に宮原から電話がかかった。
「大変なことになった」、誰にも知られずに今の状態をどうにかして欲しいという。
別の部屋の泊り客の女性が、自殺をすると言って飛び出したというのだ。

泊り客に「それはできません」とうのは禁句のホテルマンの尚美の持ち込まれた難題。
尚美は、自身の推理の力でこの問題を解く。
泊り客の顔の仮面を守り抜きながら今日も仕事をする。

新田浩介は、東京で発生した殺人事件の捜査をしている。
こちらは、犯人の仮面を暴くのが仕事だ。
その二人の対照的とも言える物語を描く。

「仕事に楽なものはない」とは言うが、仮面を守る者と仮面を暴く者のそれぞれの物語のそれぞれの面白さを綴る。

(J)

「マスカレード・イブ」