絲山秋子 Itoyama Akiko
1966年東京生まれ。
早稲田大学政治経済学部卒業後住宅設備機器メーカーに入社。
2001年まで営業職として勤務。
03年「イッツ・オンリー・トーク」で第96回文学界新人賞を受賞。
04年『袋小路の男』で第30回川端康成文学賞、『海の仙人』で第55回芸術選奨文部科学大臣新人賞、06年「沖で待つ」で第134回芥川賞を受賞。
他の著書に『ニート』、『北緯14度』、『不愉快な本の続編』『忘れられたワルツ』などがある。

私こと及川と、「太っちゃん」こと牧原太は、住宅設備機器メーカーの同期入社だった。
山梨出身のわたしと、茨城出身の牧原は、共に東京の大学を出て就職した。
女性総合職で就職したわたしは、牧原と共に、福岡勤務となる。
出身大学地や出身地への赴任ができない会社のシステムだった。
牧原は、「太ちゃん」というあだ名の如く、食べ物の美味しい福岡で、みるみる体重を増やし、布袋様のようになっていった。
そして、設備商品のベテラン女性事務職である井口珠江と結婚した。
妊娠した珠江さんは、退職したが、退職時に誰もが、「太ちゃんが辞めて子育てするべきだ」というぐらい、仕事のできる女性だった。

わたしは、福岡勤務当初、ライバル会社の本拠地であるし、「男尊女卑」の九州で、いじめられると勝手に信じ込んでいた。
けれども、いざ行ってみると街は思いのほか明るくきれいだった。
最初の半年間、わたしには副島さんが、太ちゃんには山崎さんがついてくれた。
商品を覚えるだけでも大変だったし、クレーム、商品搬入など多くの仕事を覚える必要もあっだ。
福岡に慣れてくると、だんだん学生時代の友達と話が合わなくなってきた。
東京のことしか知らないくせに、とか、現場を知らないくせにとかこだわる自分がいた。
仕事帰りに飲みに行くのも、太ちゃんや仕事仲間となっていた。
その後、わたしは埼玉に転勤、私より遅れて、太ちゃんも、東京へと転勤となる。
その太ちゃんが死んだ。

この物語は、仕事を通じて結ばれた男女の信頼と友情を描くものである。
仕事のことだったら、そいつのために何だってしてやる。
そんな思いを抱いた二人の結びつき・友情だった。
爽やかなユーモアを交えて語る文章は、恋愛にはないその強い結びつきを感じさせると同時に、すがすがしい気分を誘う。
そんな作品だった。

(J)

 

「沖で待つ」