桜木 紫乃 Sakuragi Shino
1965年北海道生まれ。
2002年「雪虫」で第82回オール讀物新人賞を受賞。
07年同作を収録した単行本『水平線』でデビュー。
13年『ラブレス』で第19回島清恋愛文学賞、同年『ホテルローヤル』で第149回直木賞をそれぞれ受賞。
他の著書に、『起終点駅(ターミナル)』『星々たち』『ブルース』『それを愛とは呼ばず』『砂上』『光まで5分』など。

北海道釧路の湿原を背にするの山間に「ホテルローヤル」はある。
そこは、様々な人々の様々な思いが交差する場所である。

加賀美美幸は、恋人の貴史から投稿ヌードの写真撮影に誘われて、ホテルローヤルに行く。
貴史は、中学時代の同級生だった。
彼は、推薦で行った地元の私立高校を3年連続で全国優勝に導く「氷神」だった。
地元パルプ会社のアイスホッケー選手だった貴史は、28歳の時、右膝靭帯を損傷して引退した。
彼はコーチの道を選ばなかった。
挫折、負け犬、希望、夢、会話に挟み込まれる単語に美幸が思い描いていた—普通の一生を送ることができれば御の字という—細い芯を揺さぶった。
撮影の場所は、城壁が半分以上はがれ落ちた古いラブホテルだった。
テーマは、廃墟だという。

野島宏之は、「北の大地の始発駅」という看板の立つ津軽海峡線の木古内に立つ。
明日から春分をはさむ3連休だ。
野島がこの町の数学教師として単身赴任して1年が経とうとしていた。
連休で札幌に帰ることは、妻の里沙には伝えていない。
確かめたい、夫が不意に家に戻って、妻が喜ぶ要素があるのか。
彼女は、高校時代の担任と20年にわたり関係を続けていることがわかったのが一年前だった。
「許して、お願いだから」もう別れるからと里沙は言った。
お見合いで一目ぼれした相手だった。
そんな彼の背後から、「せんせぇ」とべたべたした声がかかる。
野島が担任をしている2年A組の女子生徒の佐倉まりあだ。
無視をしてスーパー白鳥25号に乗り込む。
窓の外は真っ暗だ。
まりあは、野島の隣の席に座った、「あたし今日からホームレス女子高生」と言う。
母親は、昨日借金を父親に残した弟と出て行った。
父親は、学校から帰ったら居なくなっていた。
そんな二人の旅が始まる。

「ホテルローヤル」にまつわる7つの物語が収められている。
人生の煌びやかなその一瞬を描きだす、秀作7編である。

(J)

 

「ホテルローヤル」