椎木 一夫 (しいきかずお)
1971年、慶応義塾大学工学研究科修士課程修了。
同年、日立製作所中央研究所に入社。
工学博士。
93年、慶応義塾大学理工学部助教授。
94年、同教授。
現在、同大学名誉教授。
専門は個体物理、磁気応用、超伝導、ハードディスク。
産業カウンセラー、キャリアコンサルタントなどの資格も持つ。
著書に『エンジニアが30歳までに身につけておくべきこと』『シュレ猫と探索する 量子力学の世界』『工学系 量子力学』がある。

東北電力の女川原子力発電所は、2011年の東日本大震災で、高さおよそ13メートルもの大津波に襲われた。
それにもかかわらず、原子炉は安全に冷温停止し、最悪の事態は免れた。
同じ東京電力の福島第一原子力発電所が全電源喪失の結果、炉心溶融を引き起こし大量の放射性物質が放出されたのとは対照的だった。
新聞報道によると、津波から女川原発を守ったのは、東北電力の元副社長、平井弥之助氏の安全に対する強い思いからだという。
平井氏は、原発を建設するにあたって、過去に東北地方を襲った津波について調べ、過去最大級の貞観大津波(869年)にも耐えられるような場所に建てるべきだと主張した。
また、万が一事故が起きた際にも冷却水が確保できるように取水口を設計した。
過剰なコストがかかるといった反対意見も多数出たが、それを押しきって実現させた。
もちろん、貞観大津波以上の津波がきたら、事故は起きたのかもしれない。
しかし、しっかりとした検証をせず、経済効率のみを優先させ、事故が起きてから「想定外だった」と言いつくろう経営者とは明らかに違っていた。
筆者は、平井氏こそ「真のエンジニア」だという。
「人間の利益となるように応用する」、経済効果の追求だけではなく、人々が安心して生活を送れるように考えることが必要だという。

エンジニア(技術者)と似た存在に、技能者と科学者がある。
技能者(テクニシャン)とは一字違いのこともあり、混同されることもある。
技能者の仕事とは、いわゆる職人で、モノづくりの実作業に携わる人のことだ。
エンジニアと技能者は厳密に区別できないこともあるようだ。
エンジニアは、世の中にない新しいモノをつくり出す必要性から、優れた技能者でなければならないこともあるからだ。
技能者は名人芸によって、ほかの人には作れないモノを作る。
エンジニアは、いつ誰がやっても同じモノができる。
科学者(サイエンティスト)は、真理を追究する。
発見した真理から、自然科学と数学に新しい法則を打ち立てる。
優れたエンジニアは、自ら真理を追究する科学者になる。
ニュートンは、万有引力の法則を発見した科学者であると同時に、天文学の研究のために、光学に基づき凹凸鏡を用いた望遠鏡を設計したエンジニアでもあったし、さらに、実際に望遠鏡を制作した技能者でもあった。

各見出しタイトルでは、「エンジニアほどやりがいのある仕事はない」「エンジニアほど基礎が大事な仕事はない」「エンジニアほどプロ意識の必要な仕事はない」「エンジニアほど日々レベルアップの必要な仕事はない」「エンジニアほど想像力と創造力の必要な仕事はない」の5つの項目に分かれている。
エンジニアでなくても、それぞれの仕事に、生きがいややりがい、基礎的知識、プロ意識、日々の研鑽は、多かれ少なかれ必要だろう。
本書の内容は、『エンジニア』の部分を『・・・』と自分の仕事に置き変えても、充分に説得力のある内容のように思われる。
5分前の出勤、プレゼンのためのコミュニケーションを鍛えること、人間関係を大切にすることなど、どの仕事でも必要であるように思われる。
また、入社して数年目のエンジニアに対する様々な視点からのコメントもある。

熱い思いを感じさせる本書は、仕事に生き甲斐や教養等を見出すことができた、そんな筆者の本でもあるのだろう。
人生の成功を自らの手で得る、そんな思いの溢れた本でもあった。

(J)

 

「一生くいっぱぐれないための エンジニアの仕事術」