根本 橘夫 (ねもと きつお)
1947年、千葉県生まれ。
東京教育大学心理学科卒業。
同大学院博士課程中退。
千葉大学教授を経て、東京家政学院大学教授。
専門書の他に、一般向けの著書として『〈心配性〉の心理学 』、『人と接するのがつらい―人間関係の自我心理学』、『なぜ、自分はこんな性格なのか?-性格形成分析入門』『満たされない心の心理学』などがある。

本書は、だれもが日常生活で経験するちょっとした傷つきを対象としている。

現在の社会は人の心を傷つけやすくなっている。
若い人、特に、青年期の心は傷つきやすくもあるが、いっそうの自己理解と成長をもたらす可能性を含んでいる。
傷つきやすい心は、ある意味で純粋な心と鋭い感受性がもたらすものだ。
また、若いときの傷つきやすい心を抑えて、強い心でがんばってきた中年過ぎの人たちも、近年、自分の心が再び傷つきやすくなっているのではないかと感じているのではないか。

ほとんどの人が、「自分は傷つきやすい人」と思っていて、「自分こそは世界でいちばん傷つきやすい」とさえ思っている人もいる。
そして、多くの人は自分以外の人を「無神経な人」だとさえ思っているという。
しかし、人が外に見せる顔と、内面は異なる。
本当に親しくなり、その人の内面に入り込むと、明るくて屈託のないと見えた人が、実際には傷つきやすいことを知ることもある。
傷つかないために私たちはいろいろな防衛機制を用いる。
たとえば、試験のときに、自分の出来具合を低く見積もっておくということをしたりする。
電話で直接話すのではなく、メールが好まれるのも、傷つきが少ない関係だからだという。

傷つきやすさの根底には自己価値観の希薄さがあるという。
では、それ以外の傷つきやすさの諸要因には、どんなものがあるだろうか。
【傷つき体験の乏しさ】
体験の乏しさから、傷つくことに対する抵抗力が育っていない。
傷つき耐性が低いと、傷つくのが怖いので、人と交わる機会を自ら狭めてしまう傾向がある。
【感情処理能力の弱さ】
傷つきやすい心の問題の一つは、自ら傷口を広げてしまうことがある。
マイナスの感情を心の全面に広げてしまい、日常生活にまで影響してしまう。
「泣くんじゃない」とか「細かいことを気にするな」など、我慢することを求められたり、理性を優先する感情処理の仕方を求めて育てられたりすると、自分の感情を発散させるのではなく、抑圧する方向へと向かう。
【無意識の甘え】
甘えと依存心が強い人は、周囲の人に裏切られた感じて、傷つくことが多いと感じる傾向がある。
【過度の自責感】
本来なら、相手を怒ったり、憎んだりすべき場面で、自らを傷つけてしまう、自責感が強すぎる人がいる。
小さい頃から人を責めてはいけません、人を悪くいってはいけません、我慢できない子は悪い子等々。
自分の心をまったく犠牲にしてまで、穏やかな関係を作ろうとし、怒りや憎しみを自分に向けてしまう。
【柔軟性のない価値観】
小さい頃から、真実、正義、勤勉、誠実、潔癖、純潔などを教え込まれている。
ところが実際には、こうした価値観の適用に関して、表のルールと裏のルールがある。
裏のルールを適当に使うような許容性がないと、自分や他人のささいな不正を大目に見ることができず、ある種の柔軟性が持てなくなる。
【親とのトラウマの再現】
こういう人は、年上の人とか、目上の人に会わなければならないときにひどく緊張する。
上司の思惑がとても気になる。
嫌われることを恐れてビクビクし、嫌われたのではないかと思うと混乱する。
【欺瞞と空虚な内面】
私たちが「自分」というとき、その内容は大きく2つに分かれる。
「外に出す自分」と「内に秘めた自分」で、この二つの自分の間での食い違いが大きく、どちらも「欺瞞と空虚」であるという感覚を持っているために傷つくやすくなっている。
「外の出す自分」とは、人と接するときに相手に表現する自分であり、実際に社会に適応して、行動している自分だ。
思春期以降になると、「外に出す自分」は「偽りの自分」という感じがする。
外の出さない「内に秘めた自分」こそ、「本当の自分」と感じるようになる。
ところが、「内に秘めた自分」とは、想念だけの自分で、現実に達成できない人でも「内に秘めた自分」は将来の芥川賞作家であり、皆から注目されるスターであったりする。
他の人が自分をどう見ているかいつも気になり、自意識過剰にならざるを得ない。
この過剰な自意識のために、他の人の何気ない言葉やしぐさが自分の欺瞞性や空虚さを脅かすものに感じられ、傷つきやすくなっている。
【自己防衛としての高いプライド】
劣等感や内面の空虚さの感覚は、自分自身に価値があるという実感、すなわち、自己価値観が危機に陥る。
自分には能力があり、重要な人物であり、人から重んじられるべき人間だと、自分で仮想することによって、自己無価値観から逃れようとする。
こうした場合のプライドは、その人の現実の姿から離れて、不自然に高いものになる。
ちょっとでも弱みを見せることが脅威となり、防衛的プライドは傷つきやすいものとなる。

傷つくことの根底には自己価値観の問題がある。
自己価値観が育ちにくい社会、累積する核家族の影響、学校のありかたなど、さまざまな要因が影響している。

だが、同じ経験をしても、傷つきやすい人と傷つきにくい人がいる。
それぞれの人の特徴は何処にあるか。
また、ストレス対処法でもあり、リラックス法を取り入れることで、少しでも楽になることを目指す方法も紹介されている。

(J)

「傷つくのがこわい」