市川 拓司 (いちかわ たくじ)
1962年、東京都出身。
2002年、『Separation』でデビュー。
代表作は、03年刊行の『いま、会いにゆきます』。
他の作品に『恋愛写真 もうひとつの物語』『ぼくの手はきみのために』などがある。

彼はひどく風変わりな少年だった。
まるであの絶滅への道を歩んだドードー鳥の最後の一羽みたいに、失われてしまった人間の美徳である何かを、たったひとりで継承していた。
まるで無垢で、だからとても傷つきやすくて、宇宙ロケットで地球の周りをぐるぐるまわったライカ犬のように、彼は澄んだ目で世界を見通していた。
彼と出会ったのは13歳の春だった。
(もちろん、そのときぼくは彼女とも一緒に出会っていたのだけれど、そのことは後からゆっくりと話していくつもりでいた。ぼくにだって分別というものがあったし、29歳になったいま、10代のころよりはずいぶんと女性の心について学んでいたから)
本文 抜粋

遠山智史は、父さんの仕事の都合で、幾度も転校を繰り返していた。
親しい友人は出来ず、真の友情の意味を知ることもなく、足早に少年期を駆け抜けようとしていた。
いつの頃からか、智史は水の中の世界に魅せられ、水辺に通うのが、放課後の日課となっていた。
町によってはまったく水っ気のない干上がった土地もあったし、水草のかわりに汚泥が川底を覆い、、魚ではなく空き缶やスーパーのビニール袋が漂っているというひどい場所もあった。

2年生のときに、一年間しか暮らすことのなかった町だった。
しかし、智史にとって、その町は、生まれて初めて友人を得ることになり、終生忘れ得ぬ場所となった。
孤独を愛し、水辺の生き物たちを愛していた智史は、「変わり者グループ」の中にいたのだろう。
独自の価値観で行動し、自分よりほかの人間にはほとんど興味を持たない少数派。
そして、友人として出会った二人もまた、このグループにいた。

ひょうたん池近くで出会った少年の名前は五十嵐佑司、大きなメガネをかけていて、笑うと見事な乱杭歯だった。
不法投棄されたゴミ捨て場で出会ったもう一人の友人は、森川花梨だった。
細く華奢な軀つきの少女は、全身をすっぽり包み込むように、オーバーサイズのアーミーコートを着込んでいた。
近くで見ると、彼女はとてもきれいな顔立ちをしていた。
とくに肌の白さが際立っていた。
そして、ゴミ場に住んでいる犬の「ヒューウィック」と鳴くトラッシュだ。
運動部員の目を避けながら、彼らは放課後をこの場所で集り、時間を共に過ごすようになる。

29歳になった智史は、小さなアクアプラント・ショップを営んでいた。
美咲さんと、3回目のデートの後、住まいにしている店に帰ってくると、『アルバイト』の女性が面接のために来た。
そして、その人は、17歳以降音信不通になっていた森川花梨だった。

出会うこと、好きになること、思いやること、思い続けること、そして別れること……。
不思議な眠り病のようなことが起きる花梨と、佑司との再会へと物語は進む。
夢のようでありながら、夢でもない。
心がつながる不思議を、優しく、心温まる言葉で書かれている物語は、先へと読み進んで行くうちに、思わず引き込まれていく不思議さがあった。
傷つきやすさを心に持つ人たちの、めげない強さを描いた物語でもある。

(J)

 

「そのときは彼によろしく」