梨木 香歩 NASHIKI KAHO
1959(昭和34)年、鹿児島生まれ。
英国に留学、児童文学者のベティ・モーガン・ボーエンに師事。
『西の魔女が死んだ』で日本児童文学者協会新人賞、新美南吉児童文学賞、小学館文学賞を、『裏庭』で児童文学ファンタジー大賞を受賞。
他の作品に『丹生都比売(におつひめ)』『エンジェル エンジェル エンジェル』『りかさん』『春になったら苺を摘みに』など。

西の魔女が死んだ。
四時間目の理科の授業は始まろうとしているときだった。
まいの母親が、学校へダークグリーンのミニの車で迎えに来た。
ママは、英国人と日本人の混血で、黒に近く黒よりもソフトな印象を与える髪と瞳をしている。
まいはママの目が好きだった。
西の魔女とは、まいのおばあちゃんのことだった。
おばあちゃんは英国人だった。

2年前の五月、小学校を卒業し、中学に入ったばかりのまいは、学校に行けなかった。
季節の変わり目の喘息だった。
学校に行くことを考えただけで息がつまりそうだった。
ママは困った。
が、賢明にもなだめすかしたり怒ったりというむだなエネルギーを一切使わなかった。
単身赴任しているパパに電話して、まいが学校に行かないと言っていることを話していた。
そして学校に行くことを嫌がったまいは、おばあちゃんのところで過ごすことになった。

当時、まいのおばあちゃんの家は、車で一時間ほどの所にあった。
長い長い峠の坂道を登り、山の中のおばあちゃんの家に着いた。
裏庭には、料理の最中にも台所から出てきてすぐに採れるよう、葱、山椒、パセリやセージ、ミント、フェンネル、月桂樹などが植えてあった。
三人でサンドイッチを作って食べたあと、ママは一人で家に帰って行った。

まいはおばあちゃんが大好きだった。
二人の暮らしが始まり、おばあちゃんの話の出てくるような魔女になる修行も始まる。
おばあちゃんは、何でも自分で決めるようにまいに言う。
それが魔女になる手ほどきだという。
喜びも希望も、幸せも・・・。

豊かな自然な中で、まいの心はいつしか思わぬ方向へと向かうことになる。
庭に放たれて暮らす鶏たちや、自分の感性に従って選んでいく場所や日暮らしのこと。
自分の気持ちに従いながら、いつかは魔女になれることを願いながら・・・。

児童文学ならではの、平たく分かりやすい文章の中には、豊かな自然と共に、その厳しさも存在することを記す。
おばあちゃんと生活する中で、まいの決めた選択は、その後の彼女の生き方をはっきりと決めるものだった。
決して生易しいことではない『自分で決めること』の喜びと苦しさを、すがすがしい思いを抱かせる作品だった。

(J)

 

「西の魔女が死んだ」