高名な精神分析家の一人であるマイケル・バリント Micheal Balint (1896-1970)の「一次愛と精神分析技法」で、バリントは、妻アリスと共に語り明かしたという精神分析のさまざまな理論を展開している。
妻アリスは、生物学を専攻し、バリントは医学部出身だが、共にフロイドの著書に心を惹かれ、精神分析を学んだ。
「一次愛と精神分析技法」の序文で、妻アリスから受けた影響について述べられていて、二人でいろいろな事を語りつくし、この本の妻との共著に近いと言っている。
確かに第1章「生物発生基本原則と性心理とには平行性がある」の中で、生物学について書かれている箇所がある。
それによると、胎生学と生まれてからの『愛』に関する発達とが、平行しているという。
つまり、人は生まれてから、胎内にいたときと同じような過程をたどり、一次愛から対象愛(二次愛・三自愛)へと発達するという。
一次愛的自己愛とは、外界へのリビドー備給(リビドーとは、精神分析の中心概念の一つで最初は性的エネルギーのことであるとせつめいされるが、やがては心的エネルギーをリビドーというようになる。)以前にリビドーが自我の中にとどまり、または自我に向けられることを指す。
一次愛 primary loveとは、自他未分化な、まるでだい大洋のような一体感を持つものであり、それがやがて自分と他者との違いを認識し、分離し、対象愛へと移行発達する。
胎生学では、胎児は生物の進化に従う。
簡単に説明すると、性の分化があるのは、発達した生物で、性の分化が進んで初めて死が生まれたという。
性別はあらかじめ決められているにも拘らず、性の分化が体内で起こるのも、後期だという。
単細胞生物では、自らが細胞分裂することにより種を増やす。
つまり一次愛で自分と同じモノをつくり繁殖するという方法をとるので自らの死はない。
性の分化があっても体外で受精するような生物もいる。
卵子を放出し、その卵子に精子を放出することにより繁殖する。
どうして自ら『死』を選ぶような進化をし分化をしたのか。
バリントは、その答えをエロスと絡めている。
エロスという言葉は、様々な誤解を生み易い言葉であるが、フロイドの説を説明するためにフィレンチェの弟子でもあったバリントが、妻と共に導き出したこの発達理論ともいえる説は、興味深くもあり、とらえどころのないように思えるフロイド説に光を投げかけているようにも思えた。