ユヴァル・ノア・ハラリ Yuval Noah Harari
1976年生まれのイスラエル人歴史学者。
オックスフォード大学で中世史、軍事史を専攻して博士号を取得し、現在、エルサレムのヘブライ大学で歴史学を教えている。
軍事史や中世騎士文化についての3冊の著書がある。
オンライン上での無料講義も行ない、多くの受講者を獲得している。

柴田 安之 (しばた やすし) 訳
翻訳家。
早稲田大学、Earlham College 卒業。
訳書に、リゾラッティ/シニガリア『ミラー・ニューロン』、カシオポ/パトリック『孤独の科学』、ガザニア『人間らしさとはなにか?』、ドッ・ヴァ―ル『道徳性の起源』、リドレー『繁栄』(共訳)、ブオノマーレ『ハグる脳』、アルバート『パーフェクト・タイミング』、コリスン/ミラー『上脳・下脳』、リフキン『限界費用ゼロ社会』、ファンク『地球を「売り物」にする人たち』など。

興味深い結論の一つは、富が実際に幸福をもたらすことだ。
だがそれは、一定の水準までで、そこを超えると富はほとんど意味を持たなくなる。
経済階層の底辺から抜け出せない人びとにとって、富の増大は幸福度の上昇を意味する。
あなたがアメリカに暮らすシングルマザーで、住宅の掃除の仕事で一万二〇〇〇ドルの年収を得ているとする。
ある日突然、宝くじに当選して五十万ドルを手に入れたとしたら、あなたはおそらく、主観的厚生(主観的厚生とは、「今の自分に満足している」「人生を送ることに大きな価値がある」「人生は良いものだ」などに賛同することを指す。)が大幅に向上し、それが長続きするだろう。
それ以上に借金の深みにはまることなく、子供たちに食事や衣類を与えられるのだ。
だが、あなたが年収二十五万ドルの経営幹部だったとしたら、宝くじで100万ドルを獲得したり、会社の役員会が突然、あなたの報酬を二倍にすることを決定したりしたとしても、主観的厚生の向上はわずか数週間で消えてしまう可能性が高い。
研究データによると、長い目で見れば、こうした要因があなたの幸福感にそれほど影響しないことは、ほぼ間違いないらしい。
洒落た高級車に買い替え、豪邸に引っ越し、カリフォルニア産のカベルネではなくシャトー・ペトリッチを飲むようになるだろうが、それらはどれも、ほどなくありふれた日常経験に思えるだろう。
本文 抜粋

今からおよそ135億年前、いわゆる「ビッグバン」によって、物質、エネルギー、時間、空間が誕生した。
これらの要素の物語を「物理学」という。
物質とエネルギーが現れてから、30万年ほど後に、融合し、原子と呼ばれる構造体を成し、分子ができた。
原子と分子の相互作用を「化学」という。
およそ38億年前、地球と呼ばれる惑星で特定の分子が結合し、大きく入り込んだ構造体、すなわち有機体(生物)を形作る。
有機体の物語を「生物学」という。
ホモ・サピエンスの歴史は、三つの重要な革命が決めたという。
約7万年前に歴史上に起こった「認知革命」、約1万2000年前の農業革命、そしてわずか500年前に始まった科学革命である。

「認知革命」では、新しい思考と意思の疎通の方法が登場し、虚構、架空のことを語れるようになり、共同主観的な想像の世界にも暮らせるようになる。
約一万年前に始まった「農業革命」では、狩猟時代の絶えず移動している生活から定着する。
また、作物の増加に伴い、農耕によって暮らせる人の数が爆発的に増加する。
そして、相互信頼としての、貨幣や帝国と宗教(イデオロギー)という三つの普遍的秩序ができる。
そして約五〇〇年前に始まった「科学革命」で、自らの無知を認めることにより、知識を追求し、科学することを手にする。

アフリカの片隅で、取るに足らない動物で、ほそぼそと暮らしていたホモ・サピエンス(賢いヒト)が、食物連鎖の頂点に立ち、今の社会を築いたのはなぜか。
私たちが当たり前のように信じている国家や国民、企業、法律、さらには人権や平等といった考え方は、虚構だとする。
そして、その虚構こそが見知らぬ人々が協力することを可能にし、数を増やし、生物種としての成功をおさめた。
さらにその後の年月で、ホモ・サピエンスは、地球の主となり、生態系すら脅かす存在となった。

次の段階に来るものは何か。
さらなる努力は、自然選択の法則の限界を超え、超ホモ・サピエンスの時代となるのか。
遺伝子工学による生物工学への人間の意図的な介入は、他の生き物を作りなおし、様々な生き物が合成されている。
バイオニック・アームや3つに腕で操作すること。
完全に非有機体を造りだすこともある。
生命倫理の問われる今、ホモ・サピエンスはどうなっていくのだろうか。
われわれとは、どんな存在なのだろう。
人類史を振り返りながら、これからのテクノロジーの未来を思う。

(J)

 

 

「サピエンス全史」文明の構造と人類の幸福