道尾秀介 Michio Shusuke
1975(昭和50)年、東京都生れ。
2004(平成16)年『背の眼』でホラーサスペンス大賞特別賞を受賞し、デビューする。
独特の世界観を持つ作家として、大きな注目を集めている。
’07年『シャドウ』で本格ミステリ大賞、’09年『カラスの親指』で日本推理作家協会賞を受賞。
ほかに、『向日葵の咲かない夏』『骸の爪』『片眼の狼』『ソロモンの犬』『ラットマン』『鬼の跫音』『竜神の雨』などの作品がある。

小学校4年生の夏休みは、明日から始まろうとしていた。
教壇では、青いジャージ姿の岩村先生が、話をしている。
一瞬だった。
ミチオは、S君が、風に乗って、窓の外を横切ってったのを見た。
校舎の二階を左から右へと、灰色のTシャツに、濃い茶色の半ズボンをはいて、ものすごいスピードで飛んでいた。
S君は、今日は休みだった。
S君は、もともと身体が健康ではないので、学校を休む日が多い。
が、彼はクラスメートから『くさい』とか『臭う』とか言われて、いじめられていた。
ミチオは、自分が、S君への届け物を家に持って行くことになる。
なぜか、自分が持って行かなければと思ったのだ。

「ミチオ、Sの家に行く途中で、殺されないようにな」
前の席のイビサワが、ぶよぶよした身体をひねって振り返って言った。
イビサワが言っているのは、ここ一年ほどの間に、このN町で、犬や猫のおかしな死体が立てつづけに見つかっているからだ。
民家の植え込みや町境の川べりや、建物と建物の隙間などで8体見つかっているのだ。
すべての死体には二つの共通した特徴があった。
一つは、後足の関節がすべて逆方向に曲げられているということ。
もう一つは、死んだ犬や猫の口に、白い石鹸が押し込まれているということだった。

ミチオは、S君の家に連絡事項の書かれたプリントや返却される作文、宿題のドリルなどの先生に頼まれた、届け物を渡すために訪れる。
玄関の左手になる犬小屋からダイキチが身体を半分出して、こちらに顔を向けている。
ダイキチはS君が飼っている犬で、茶に白が混じった雑種だった。
ダイキチは姿勢を低くして、咽喉の奥から呻り声を発していた。
ダイキチがそんな態度をとるのを、初めてミチオは見た。

門の隙間かを抜けて、玄関へと向かう。
その間、ダイキチは口の端から白い泡を垂らしながら、狂ったように吠え声を上げていた。
ドアの脇の呼び鈴を鳴らしたが、返事はない。
試しにドアのノブを回すと鍵はかかっていなかった。
「こんにちは」「S君いますか―」
返事はない。
庭に回ってみると、うるさいくらいに油蝉が鳴いている音に混じって、微かに、きいきいと、おかしな音が聞こえていた。
高い、細い、嫌いな音。
何だろうと首をひねりながら、庭に面した縁側に沿って、そろそろと進む。
おかしな音が、はっきりと耳に届くところに立つと、陽の当たらない薄暗い和室の部屋にS君はミチオを見下ろしていた。

「何してるの?」
S君は答えない。
片方の眼で、たしかにミチオを見ていた。
教室の窓から見たS君の格好と、そっくり同じだ。
S君は、おかしな具合に全身を揺らしていた。
小さく、円を描くように。
紫色の唇は、ピクリとも動かない。
ミチオは、頭を押さえつけられたように、その場から動くことができなかった。
背もたれのついた椅子が一脚、横になって転がっている。
S君の首につながれたロープは、まっすぐ真上に伸びていて、S君の身体は、床すれすれだった。

ミチオは、ぽろぽろと涙を流しながら、学校へと行く。
岩村先生に、見たことを話す。
警察や岩村先生が、S君の家へと向かう。
だが、彼の死体は忽然として消えてしまっていた。
そして、1週間後、S君はあるものに姿を変えて、ミチオの前に現れた。
S君は、「僕は殺されたんだ」と訴えたのだ。
ミチオは、妹のミカとS君の無念を晴らすために、事件を追い始める。

二転三転する物語は、ちょっと現実離れ?した、また、浮世離れ?したストーリー展開だ。
でも、そこが興味深く面白くもある内容になっている。
人が、転生し、生きている人に話しかける。
そして、人には知られたくないヒミツや、心の奥底にある真実を語りかける。

向日葵は、一つの真実を語っているのだが、その真実とはどんなものなのだろうか。
先へ先へと心を急がせる、読み応えのある作品でもあった。

(J)

「向日葵の咲かない夏」