土橋 章宏 どはし あきひろ
1969年、大阪府生まれ。
関西大学工学部卒業。
2009年「スマイリング」で函館港イルミナシオン映画祭第13回シナリオ大賞グランプリ、「海煙」で第13回伊豆文学賞優秀作品賞、2011年「緋色のアーティクル」で第3回TBS連ドラ・シナリオ大賞入選、「超高速!参勤交代」で第37回城戸賞受章。
同名映画で第38回日本アカデミー賞最優秀脚本賞、作品も第57回ブルーリボン賞に輝く。
本作が小説デビュー作である。
他の著書に『ライツ・オン!』『幕末まらそん侍』など。

江戸時代、陸奥の諸藩が参勤交代をするとき、大名行列は日光街道を通るのが決まりであったが、本州東端にある4藩だけは海沿いの陸前浜街道を通ることが許されていた。
その4藩のうちの一つ、東北の湯長谷藩は、小名浜港に面した一万五千石の小藩であった。
北から攻められればすぐ海に追い落とされそうな狭い土地に、お椀を伏せたような低い丘の上に湯長谷城があったが、城と名ばかりの館というほどの規模であり、所領もわずかだった。
湯長谷の民はひどく陽気で、事あるごとに酒を飲み、祭りが大好きであったという。
日々の暮らしは困窮していたが、江戸300百年を通じて一揆は一度も起こらなかった。
物語の主人公、四代藩主内藤正醇は広く民と交わり、よく湯長谷を治めた。
この平和な湯長谷藩に大事件が勃発したのは、享保二十年(千七百三十五)春のことだった。

25歳の内藤正醇は、閉所恐怖症だった。
よく日焼けした太い首に彫の深い精悍な面構えで、剣術の稽古で昼夜鍛えられて、厚い肉が鎧のようだったが、狭い厠が恐くて、戸が閉められなかった。
厠に限らず、狭い場所に入ると悪寒がして、身も世もなく震え上がったのだった。
その正醇のもとに江戸家老瀬川安右衛門が飛び込んでくる。
本日より五日以内に江戸に参勤せよ、との上様からのお達しだという。
去年参勤交代は済ませて、一年おきの定めのはずだが、ご老中松平信祝が、『湯長谷藩の金山の届け出に偽りあり』との疑いがかけられているとのことだ。
湯長谷藩には、金山はない。
だが、松平信祝は、地位を狙って無理難題を諸藩に持ちかけ、勢力争いの蓄えとしているらしい。

5日で江戸へ行くのは不可能に近い。
だが、行かなければ湯長谷藩はおとり潰しになる。
それに、参勤交代には莫大な費用がかかる。
宿泊費や川越え費用、先々での接待への返礼、幕府要人への進物などである。
財政のやりくりをしている相馬が、困り果てた。
が、どうしても行かねばならない。
だがどうやって行くのか。

知恵者の相馬は、どうにかして5日で江戸へ行く方法を考え出す。
戸隠流の忍び、雲隠段蔵を道案内に藩主・内藤正醇、国家老・相馬兼続、武具奉行・荒木源八郎、膳番・今村清右衛門、側用人・鈴木吉之丞、祐筆・増田弘昌、馬廻・増田弘忠、の総勢8名で、山越えをする。
わずか5日なので、費用も安い。
行列は、途中で調達し、どうにか形は整えることができそうだ。

お金がない!人手がない!時間がない!。
三拍子揃った、無いないづくしの参勤交代が始まる。
江戸には正醇の妹・お琴が待っている。
道中途中で、隠密に襲われ、野武士に囲まれ、長雨にたたられながらも、どうやら無時に、江戸に着くことが出来た。

コミカルに軽やかに、面白おかしく綴られる参勤交代劇は、呼んでいても軽やかなタッチだ。
藩主内藤正醇のロマンスもある。
どうにもならないことをどうにかする。
そんな知恵が詰まった物語で、面白おかしく読み進んだ。

(J)

 

 

「超高速! 参勤交代」