ガブリエル・ガルシア=マルケス
1928年生まれ。コロンビアの小説家。新聞記者としてコラムや特派記事などを多数執筆する傍ら創作活動を開始する。初期の代表作『大佐に手紙は来ない』の完成後、魔術的リアリズムの頂点とと謳われる『百年の孤独』を発表。1975年、〈独裁者の小説〉の傑作『族長の秋』を完成させる。1982年、ノーベル文学賞受賞。
週末にハゲタカどもが大統領府のバルコニーから窓という窓をの金網を食いやぶり、
全都の市民は月曜日の朝、大統領の長い時代が終わりを告げたことを知る。
大統領が一体どれくらい大統領だったかを知る者はいない。
100年とも、いやそれ以上長く彼は大統領だったかもしれない。
大統領の年齢を知るものもいない。
232歳だったとも言われている。
大統領が死んだということを市民は誰も信用しなかった。
なぜなら彼は一度死んでまた生き返ったことがあったからだ。
イギリスなどの統治の後国内と秩序の回復と経済の安定を達成するのに必要な期間という条件で彼は大統領になった。
権力を手中にした彼は、
新しい世紀に対する奇妙な不安も手にすることになる。
後に聖母と言われ得るようになった大統領の母親の名前はベンディシオン・アルバラドで、
娼婦だったという。
庶子の彼は母の愛を受けて育ち、彼もまた母を強く慕った。
大統領は生まれた時にイチジクのような大きな睾丸をもちヘルニアでもあった。
手に指紋がなく、占い師に将来とてつもなく出世すると予言される。
その予言通りに彼は権力を手にする。
大統領になった彼は、
海外からの亡命者たちにドミノで勝ち、その財産を取り上げた。
欲しいと思った女は手に入れた。
唯一の初恋の人で、貧民窟で育った美しいその女マヌエラ・サンチェスには、
大統領は手しか触れられず、彼女は日蝕の闇にまぎれて姿を消してしまった。
ただ一人の正妻であったレティシア・ナサレノは、ジャマイカの修道院から誘拐され、
大統領に読み書きを教える。
2人の間には一人息子が居たが、レティシアと共に犬に喰われて死ぬ。
大統領の腹心で終生の友だと思われていたロドリゴ・ギ=アギラル将軍は、
大統領の裏切りへの猜疑心を向けられて、宴会のメインディッシュとしてオーブンで焼かれた。
反逆者はワニに食わせ、なま皮を剥ぐ。
二千人の子どもはセメントを積み込んだ船で爆破され、
反逆者に血の弾圧をくりかえしたサエンス=デ=ラ=バラもまた、庶民の手で殺される。
すさまじいまでに悪業は繰り返され、
大統領の権力を利用した軍部のよる搾取も無くなることはなかった。
大統領が愛した母ベンディシオン・アルバラドは生きて体が腐る奇病にかかり、
母の奇病を大統領は一人で看病する。
母が亡くなるまで、いや、亡くなった後も母を慕い敬う。
唯一の正妻だったレティシア・ナサレノにも、決して逆らうことなく濃厚との言える愛に満ち、
死ぬまで必死の思いをかける。
大統領は孤独だった。だれも信用できなかった。
口先だけの忠誠心を誓い、裏で彼を裏切ることを十分承知していた。
カリブ海あたりの国を統治した大統領の物語は、
残酷さと恐怖と愛情に満ちていた。
一人称複数形で語られる複雑な語りではあるが、
国の最高権力を手にした男の内の不安や恐怖・孤独を余すことなく描く。
彼の死は民衆の自由への喜びで迎えられる。
が、同時に決して自らの自由を求めるわけでもない心のありようとしても描かれている。
権力を欲し権力を手にし、欲しいものを手に入れて、やりたいことをやりながらも、
自分という者をわかることのなかった大統領の一生の物語である。
(J)