ソルジェニーツィン (1918-2008)
ソ連・南ロシアのキスロヴォツク生まれ。
砲兵中隊長だった対独戦中の’45年、思想的理由で逮捕され、強制収容所生活を送る。
’62年、その経験をもとに描いた『イワン・デニーソヴィチの一日』を発表、一気に世界的名声を得る。
’70年ノーベル文学賞受章。
’73年、『収容処群島』第1巻をパリで出版、ソ連当局の批判を受け、翌年国家反逆罪で国外追放となる。
ソ連崩壊後の’94年、20年ぶりにロシアに帰国した。
ラーゲル(収容所)本部の朝は午前5時。
起床の合図に吊るされてあるレールをハンマーで叩くのだ。
その切れぎれな鐘の音は、指二本の厚さに凍てついた氷のついた窓ガラスを通じて弱々しく伝わる。
外はまだ真っ暗闇だった。シェーホフは決して寝過ごすことはなかった。
ところが今日はどうも熱っぽい。
医務室へ出かけて一日作業を免除してもらうように頼もうかとか考えていた。
そしていつものように員数検査が始まる。
第104班に所属するシェーホフは、今やベテラン囚人だ。
毎日決まりきった生活で、どうやって過ごす必要があるかをよく心得ている。
命は、班長などの采配にかかっている。
過酷な作業に当たらないように手を打ってくれる班長にあたるといいが、そうでないときつい作業が待っている。
食事も要領よくしないといけない。
うまく医務室で作業免除にならなかったシェーホフは、
いつも通りに囚人たちと作業に行く。
極寒(マローズ)の戸外で濃霧がたちこめ、息をするのも痛いほどだった。
太陽はまだ出ていない。
囚人たちは長靴を雪にきしませながら、今日の作業現場に向かう。
時間も忘れて作業に打ち込み、要領よく作業が終わる。
安全装置のある銃をもつ護衛隊とともに、元に戻る。
強制収容所のシェーホフの一日を描く作品。
スターリン時代に思想犯というレッテルをつけられ、10年という期間極寒に送られる。
10年たっても元に戻れるという保証はどこにもない。
ましてや命の保証もない。歯は抜け落ち、かろうじて生きているような状態だ。
それでもシェーホフは一日の終わりに思う。
『満ちたりた気持ちで満足して眠りに落ちる。』
記述されている内容は、想像を絶するほど過酷なものだが、何かどこかにほっとさせるモノが潜んでいる。
何とも不思議な思いのする作品であった。
(J)