佐藤 多佳子
1962年、東京生まれ。
青山学院大学文学部卒業。
’89(平成元)年「サマータイム」で月刊MOE童話大賞受賞。
『イグアナくんのおじゃまな毎日』で、’98年度日本児童文学者協会賞、路傍の石文学賞受賞。
『一瞬の風になれ』で2007年に本屋大賞、吉川栄治文学新人賞を受賞した。
『しゃべれども しゃべれども』『神様がくれた指』『ハンサム・ガール』など。

あれは、六年前の夏だ。
ぼくは小学校五年生だった。
友達はお盆休みで、田舎や観光地に消えていたが、夏の遠出を七月に終わらせた我家の人間は、団地の狭い部屋にたいくつな顔をそろえていた。
一つ年上の姉の佳奈、
そしてぼく。
誰も見ていないテレビが、台風十五号の接近を知らせていた。
本文 抜粋

台風の近づく中、プールに出かけた進は、グレー色の空の中まばらな人影の空いたプールで、泳ぎ始めた。

雨が降り始め、まばらだった人も一人帰り二人帰り、がらんとしたプールに二人だけの泳ぎ手が居た。

彼の名前は 浅尾公一くん。
彼は左腕がなかった。
右手だけで泳ぐのでまっすぐに進めず、ふらふらと曲がってしまう。
不躾に見つめてしまった肩の空白に、胸の詰まるような息苦しさを進は覚える。
視線をそらし思わずあやまる。

めちゃめちゃな雷雨のなか、プールからわずか3分公一くんの家でシャワーを借りて、二人は友達になる。

公一くんはお母さんと二人暮らし。
お母さんはジャズピアノを弾いているという。
進より2歳年上の公一くんのピアノを聞いた進は、少し灰色がかった青い海を思い出し、そのピアノの音色に惹かれる。
姉の佳奈はピアノが嫌い。
雨だれのような音を出す。

いつの間にか、公一くんは佳奈と仲良くなり、公一くんの右手のピアノに佳奈が左手で演奏する。
佳奈はやっぱり下手だったが楽しそうに二人で演奏していた。

夏の花のキョウチクトウが濃いピンクの花を咲かせていた。

ふとしたことで知り合った二人進と公一くん。
進の姉の佳奈も含めて、その夏の時間は過ぎる。

進の家に来た公一くんと佳奈と進は、佳奈の作った失敗作のお菓子を食べる。
甘いはずのゼリーは塩辛い。
「吐きそうだ」と言いながら、三人は海のようなゼリーを食べる。
そして、短い手紙を残して公一くんは、引っ越していった。

十七歳になった進は、高校でジャズ研に入った。
ちぐはぐな連弾だった公一くんと佳奈のピアノ曲『サマー・タイム』は、そこで再会することになる。

心地いい思いが残る作品である。
一夏の出会いと心の残る思い出は、本を読む側にも美しい風景を見るように思い出として残る。
そんな作品である。

(J)

「サマータイム」