奥田 英朗 (おくだ ひでお)
1959年岐阜県生まれ。
プランナー、コピーライター、構成作家を経て、1997年『ウランバーナの森』でデビュー。
第2作『最悪』がベストセラーとなる。
続く『邪魔』が大藪晴彦賞を受賞。
2004年『空中ブランコ』で直木賞を受賞した。
『マドンナ』『サウスバウンド』『ララピポ』『春日和』などがある。
『マンション』は、「ガール」の本の中に納められている短編である。
『マンション』
親友のめぐみがマンションを買った。
石原ゆかりはそれを聞いてショックを受ける。
ゆかりは大手生保会社の広報勤務。
めぐみは大手百貨店で催事担当をしている。
ともに入社して12年目で、この秋に二人揃って34歳になった。
25歳で一人暮らしを始め、現在のマンションは賃貸で家賃は16万円だ。
高額の家賃を馬鹿らしいと思いながら、マンション購入には二の足を踏んでいた。
ゆかりの職場は男ばかりである。
地味な仕事で、物腰の柔らかさが求められるとはいえ、性格が大人し過ぎる。
絵に描いたような事なかれ主義で、「前例」と「慣習」に支配されて生きている。
他部署の顔色ばかり窺っていた。
そんな中で、ゆかりは好き勝手に振舞っている。
『一人タカ派』とか『広報の石原都知事』とか噂されているようである。
めぐみに刺激を受けたゆかりは、ある日、自分もマンションを買うことに決める。
結婚とマンション購入とは別問題と割り切り、周りから色々なマンション購入の情報を聞きこむ。
社内融資など色々な方法があるようであった。
ゆかりの会社は、取締たちが幅を利かせている。
また、経営陣付きの秘書課の女性たちは「大奥」と言われていた。
秘書課の女性の移動はほとんどなく、結婚退職まで勤め上げるパターンである。
やたらと結束が強く、
無駄にプライドが高い。
星野香織は岩崎常務の秘書。
原稿の件で星野から呼び出しがあった。
「岩崎常務の取材の件、どうなりました?
日本語なのに巻き舌だ。
この女のいちいちが癇に障る。
「どうなりましたもなにも、そちらで空いている日時を言っていただかないと、先方との調整もできないんですけど」
馬鹿かと思った。
つい口調がとげとげしくなる。
「でもォ、常務が『どうなってる?』って聞いてくるものですからァ」
ゆかりは呆れた。
どうして役員たちは若い娘に甘いのか。
これが大手生保会社の秘書だとしたら会社の恥だ。
電話では埒が明かないのでゆかりの方から出向くことにした。
上司に都合のいい報告をされてはたまらない。
衆目の中で談判する必要がある。
「おい、石原。
穏便に頼むぞ」
電話のやりとりを聞いていた山田が心配そうに言った。
本文 抜粋
年1回の海外旅行・ブランドもののコート・流行のレストラン廻りなどを諦めてのマンション購入。
選んだ物件は青山にある50米弱のマンション。
予算よりも1000万円ははみ出す。
自分の購入範囲を決めて、無理をしないようにという周りの助言や本の内容とはあきらかに違うこのマンション。
夜になると窓一面に見える東京の夜景や休日に外苑の散歩。
ゆかりはしっかりとこのマンションに恋してしまったのだ。
うー。
夜中に一人唸り声を上げ、部屋の中を行ったり来たりした。
どうしよう。
あのマンションを諦めたくない。
はっきりと恋してる。
欲しい。
欲しい。
でも、生活に余裕はなくなる。
デートに誘われることがあっても、着ていく服はGAPか無印良品だ。
うー。
何度も唸った。
どうして人生はままならないのか。
真面目に生きてきた自分に、好きなマンションに住むぐらいのご褒美はあってもいいじゃないか。
日本はどうなっている。
小泉のバカヤロー。
ソファを蹴飛ばす。
本文 抜粋
日和見に偏らず、自分の仕事のやり方を貫いてきたゆかりは、ふとしたことがきっかけで決めたマンション購入に
今まで、気づかない自分に出会っていく。
『言いたいことが言いにくい』
『会社を首になるのが怖い』
『転勤になったらどうしようという不安』
経営陣のインタビュー記事を掲載する為の集まりで、
次期役員候補の局長や部長が出席する。
自然と話は大きくなり、つまらない自慢話や手垢のついた教訓を聞かされる。
その中でも秘書たちの合いの手は凄い。
ケラケラ笑ったり、大袈裟に感心したり、神妙な面持ちで頷いたりする。
そんなインタビューの内容を、岩崎常務が手を入れると秘書の星野からゆかりに連絡が入る。
一人の人が書き直すのは、アンフェアーだ。
常務に言いたい!
でも、そのことで転勤にでもなったらどうしよう!!
ゆかりは、一旦は妥協するのだったが…。
憧れのマンション。
諦めようとしながらも心はしっかりとマンションを買うことに決めている。
ある日、マンションの下見に行ったとき、同じマンションの部屋を購入とする女性に出会う。
その女性とは、なんと秘書課の星野であった。
30歳を過ぎて、独身主義を貫いているのではない。
仕事もでき、周りからも一目置かれる女性たち。
そんな女性の微妙な心模様を描く 『ガール』。
“何時でも辞めてやる”と怖いもの知らずの生き方。
オシャレに生き、自分の生き方を貫く彼女たち。
そんな女性の描き方がとてつもなく上手い。
自尊心のある生き方、自分を信じて貫く。
すがすがしい思いが読後に残る。
(J)