hon20141203林 真理子 (はやし まりこ)

昭和29(1954)年、山梨に生れる。
日本大学芸術学部を卒業後、コピーライターとして活躍。
57年エッセイ集「ルンルンを買っておうちに帰ろう」
がベストセラーとなる。
61年「最終便に間に合えば」「京都まで」で第94回直木賞を受賞。
著書に「美食倶楽部」「戦争特派員」「短篇集少々官能的に」「ミカドの淑女」などがある。

20年以前も前に書かれたこの作品を、今読んでも古さを感じない。
人の心の動きには、どうやら変わりえないモノがあるようである。

女にしては丸みの少ない顔だと人からよく言われ、二十代のはじめの頃は悩みの種だった顎の線が、いまは自分の魅力だと思えるようになった。
シャネルのローズ系チークをやや直線的にぼかす。
この方法をおぼえてから、久仁子の顔は立体的な、日本人離れをしたような個性をもつようになり、そんな彼女に、先端の洋服はよく似合った。

本文 抜粋

フリーの編集者である久仁子は、気がついたら30歳を超えていた。
もう1年以上前に、「大阪ファッション特集」を担当したときに知り合いの悦子から高志を紹介された。
高志とは大阪で知り合ったが彼は京都に住んでいた。

高志はまだ29歳。
色白でやさしげな細い目、意志的な薄い唇で体躯がなければ、脆弱な青年に見えたかもしれない。

ふとしたことがきっかけで付き合いだした二人は、東京と京都の遠距離恋愛を始めた。
久仁子は時間を作っては新幹線で京都に出向く。

鴨川のほとりの散歩、冬の大原や詩仙堂。
五重の塔、嵯峨野、鞍馬。

会うたびに二人の関係は深まる。
そして久仁子は決心する。
『京都で暮らそう!』と。
高志にそのことを告げる。

祥子は不思議なものを見るような目をして久仁子を見つめた。
「この半年間、あんたからあんなにいい男はいない。
あんな素敵なのはいないって、さんざん聞かされてきたじゃない。
あんたのことだから、どうせ大げさに言ってるんだろうと思ったけど、まあ一応基本ラインっていうのは考えてたえわねえ。
だけど驚いちゃった。
ただの気の弱そうなお坊ちゃんじゃない。
いかにも軟弱な感じだね。
恋は盲目っていうけど、これほどまでとは思わなかった。
ああ驚いた」祥子は真顔で言った。
辛辣なことは辛辣だが、そうでたらめなことをいう性格ではない。
久仁子はけげんな思いで写真をしまった。

本文 抜粋

新幹線の京都の駅には高志の姿はなかった。
迎えに来ないことは今まででもあるにはあったが、連絡は必ず入った。
久仁子は今度の恋も終わったことを知る。
大きな憤りが久仁子に押し寄せる。
それは高志に向かったものではなく、自分自身に対してだった。

今まで付き合った人とは違う、誠実で純粋な人だと思った人はそういう人ではなかったのか。
そういう人だと思いたかったのか。

『恋をしたかった。
最高の場所で、最高の男とと恋をしたかった。』
京都は久仁子の好みに合い、そして高志は舞台装置だったと、今さらながら、ため息が流れた。
そして芝居の幕は終わる拍子木が聞こえてくるようだった。

恋に恋した女性の物語は、永遠の憧れを夢みるものがたり。
永遠不滅の物語かな。

(J)

「京都まで」