hon20150408本間 洋平   ほんま・ようへい

1948年長野県生まれ。
茨木大学経済学部卒業。
81年「家族ゲーム」で第5回すばる文学賞受賞。
著作には『カタルシス』がある。

『家族ゲーム』は、森田芳光監督で映画化されて、ドラマ化もされている。
原作の『家族ゲーム』の主人公でもあり、語り手でもあるのは兄の真一である。
家族が織りなすそれぞれの思いと、家族全員がそれぞれの方向にしか目をやらず、無気力に流されていく様子を、Z大学7年生の吉本が、成績の悪い弟茂之のために家庭教師として雇われ、この家庭に出入りする所から始まる。

兄の真一は、小さい頃から家族の期待に、特に母親の期待に応えて、優等生だった。
今はレベルの高いA高に通っている。

弟の茂之は、劣等生で問題児だ。
口ごもり、どもり、そして、自分が何をしたいか、意志も伝えられない。

父親は作業所の油の匂いが体中に染みついている。
お酒を飲み、まき舌の東京弁で、思っていることと喋っていることが同時に起こる。
母親は、典型的な中流意識の言葉と発想で、自称『教育ママではない母親』だ。

今まで5人の家庭教師がいたが、誰も続かなかった。
茂之の無言と薄笑いに敵う者はいなかった。

父親は家庭教師の吉本に、成績が上がって、60点なったら5万円、それから10点上がるごとに2万円ずつ出すことを約束する。
真一は家庭教師と弟とのやり取りを、ゲームを観るように楽しんでいた。

弟は家庭教師に言われた通り、単語を紙に書き始めた。
手は動いても躰中で英文字を拒否しているにちがいない。
やがて弟の手はとまり上眼遣いに相手を眺める。
薄笑いの消えた眼から涙が溢れ、表情は変わっていく。
涙が一筋流れ出したとき、情けなそうな弟の顔が一瞬緊張した。
ほら始まる。
弟は奇声を発するや、襖の向こうへ飛んで行った。
と言うのも、立ち上がったとき、テーブルの脚に自分の足を引っかけ、勢いよくのめったからだ。
自分の身を投げる格好で居間へ逃げ出した。
ぼくの書棚のガラスが小刻みに震えている。
弟は台所にはいると、母の前を通り流し台と冷蔵庫の隙間に蹲った。
これまでと同じ方法である。
弟は過去5人の家庭教師のときにも、この手で逃げまわり、母の傍や時には外にまで出て行ってしまうのだった。
家庭教師にとって、この部屋から弟に出られると、何もなす術が、なくなってしまう。
しかし、今度の家庭教師は大声を出し追い駆けて行った。

本文 抜粋

弟の襟首を掴まえて引き摺ろうとしたが、うまくいかなかった吉本は、弟の頬に平手を加えた。

自分が一番の理解者であると思っている母親に、弟は救いを求めたが、
『少し苦しくなると、逃げるのかい。
もう、これからは、そううまくはいかないぞ。』
と言う吉本の言葉と共に自分の机に引き戻される。そんな二人に溜息を吐きながら、母親は真一に『どうしたものかしら』と言う。
痛いほど気持ちはわかる真一だ。
こういう時母親はいつも真一に言う。
突き離すように声を出す真一だ。

家庭教師の時間に帰ってこない弟を、連れ戻す吉本。
半開きの口元に薄笑いを浮かべて抵抗する弟に、棒で尻を叩く吉本。
内容で叩く回数は変わる。
目標を読ませ、自分の意志を自分で話せと言う。

成績は徐々に上がり出す。
それと同時に、真一のノートの書きだしたスケジュールに空白が目立ち、今までの様な目標通りに生活できなくなっていく。

経歴も風貌も型破りな吉本は、弟を逃がさず、体育会系のノリで徹底的にしごいていく。
両親の期待は次第に弟に移り、優等生だった兄真一は、だんだんと勉強をさぼり出す。

高校受験を廻り繰り広げられる家族模様は、バラバラの家族、無気力で何も自分でしようとしない弟・茂之を、本質的なところを変えることはできたのだろうか。

映画とは一味違う原作本『家族ゲーム』は、無気力なアパシー状態を見事に描き出す。

B校に受かった弟は、徹底的なしごきの成果もむなしく、兄真一とともに、家に引きこもることになる。
自らの敗北を認めた吉本は、母親からの願いを聞き届けないで、二度、家庭教師は引き受けなかった。
成程ね。

(J)

「家族ゲーム」