hon20150422水上 洋子 (みなかみ ようこ)

北海道生まれ。
同志社大学卒業。
独自のニュートラルなフェミニズム感覚から生み出される
エッセイや恋愛小説が大きな支持を得ている。
友人と広告関係の会社を主催。
最近はエトルリア文明に御執心。

女性にとって、
いや男性にとっても、
恋愛と仕事、そして結婚というテーマは、
両立が難しいものだろう。
女性を主人公にした恋愛と結婚と仕事を
それぞれの考え方から、
それぞれの生き方を選ぶ
女性 四人を描く。

第1話 『旅立ちへのきっかけ』

美和子は渋谷にある英会話教室に、仕事の関係でいつも30分ほど遅刻する。
四月に入学したころは40人ほどの受講生は二か月目には半分ほどになっていた。

何時も座る席に靴音を気にしながら座る。
隣りの席はいつもと同じ青年だ。
美和子が座っても青年はちらっと見ることもない。
美和子が知っているのは最初の時間にした自己紹介で知った、青年の名前だけだった。

その日、いつものように息を切らして教室に着いた美和子は、教室にその青年しかいなかった。
先生が風邪でお休みだと、青年、萩原が教えてくれる。

二人で教室を出て、『じゃあ、また』といったん彼と別れたが、美和子は振り返ると萩原は立ったままこちらを見ている。
食事でもしようという事になり、寛いだ雰囲気のレストランで萩原の勧めるハンバーグ定食を食べる。
どういうこともない出会いだった。

美和子は『きっかけ』を探していた。

美和子は結婚している。
夫は、毎週金曜日には家を外泊するようになって一年が経つ。
女友達からは「あなたは寛容すぎるのよ。」
と言われていた。
「夫も妻も同じように働いているんだから、何もがまんする必要もないんじゃない。」

夫の弘幸に激しい言葉を投げつけたこともあった。
がまんしていると言うよりは、今はこういう形になっているとしか言いようがなかった。

10歳も年下の萩原と、英会話教室が終わると食事をするのが、恒例になっていく。
彼の初恋話を聞き、色々な話をする。
その時間だけ『シングルウーマンごっこ』を演じていた。

弘幸とは、日曜日の午後にはいつもの散歩コースを歩く。
結婚してからの習慣のようなものだが、弘幸もこの時間には必ず帰ってきていた。

しばらく行けなかった英会話教室や、萩原の事が気になりながらもそのままだ。
そんなとき、美和子は散歩コースで萩原と出会う。

今の生活に不満がないわけではない。
どっちかといえば不満だらけ。
でも、決心するには何かが欠ける。

美和子は『きっかけ』が欲しかった。
その『きっかけ』になる出会いが萩原であった。

夫の弘幸との『夫婦ごっこ』を辞める。
夫に仕返しをしたつもりはなかった。
二人の夫婦ごっこに形だけ保つ努力を辞めただけ。
萩原は一緒に暮らそうと言うが、それも今までと変わらないと気付いた美和子は、一人暮らしを始める。
潔い結末である。

(J)

「恋愛という綺麗な形」