朝井 リョウ Asai Ryo
1989(平成元)年、岐阜県生れ。
早稲田大学文化構造学部卒業。
2009年『桐島、部活やめるってよ』で小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。
’11年『チア男子!』で高校生が選ぶ天童文学賞、’13年『何者』で直木賞、’14年『世界地図の下書き』で坪田譲治文学賞を受賞。
ほかの著書に『もういちど生まれる』『スペードの3』『武道館』などがある。
ほんとうにたいせつなことは、ツイッターにもフェイスブックにもメールにも、どこにも書かない。
ほんとうに訴えたいことは、そんなところで発信して返信をもらって、それで満足するようなことではない。
本文 抜粋
二宮拓人は、同居人の光太郎の引退ライブに足を運んだ。
光太郎と別れて、海外留学を終えた田名部瑞月も来ることを知っていた。
拓人や光太郎、瑞月も就職活動の時期に来ていた。
拓人は学生演劇の舞台での活動をやめて、就職活動をする。
瑞月の留学仲間の小早川理恵は、偶然にも拓人と光太郎の住むアパートと同じアパートに暮らしていた。
理恵と同棲中の宮本隆良も加わり、5人は就活対策をするために、たびたび理恵たちの部屋に集まるようになる。
就活に必要な情報を集めている理恵や瑞月に、必用と思う事を聞きながら、拓人も光太郎も就活を始める。
さらりと本音を言っても、人から嫌がられない光太郎と比べて、拓人は相槌もうまくうてない時がある。
言葉が出てこないのだ。
『こういえばいい』と思いながらもそれが出来ない。
皆が就活会議で集まっている最中にも、次々とツイッターで語られる思いに、拓人は答える。
『宅のみなのに、きれいな食器しか出てこない。家主のふたりが互いに恰好つけたまま一緒に暮らし始めたからなんだ。』
『自分の家なのにチノパンを穿く。一緒に暮らすってきっとそういうことじゃない。』
『相手側にも自分と同じ重さの決断があるといういうことを、想像できないのはなぜなんだろう。』
『自分だけが自分の道を選んで生きてます感。どうにかしてほしい。』
『素敵な言葉なかり溢れている。…どうせ、何にもなれないのに、彼は何をしているんだろう。』
『受からないWEBテストからは目を逸らしてキャリアセンターで面接の練習を繰り返したり、就活には興味がないと言いながら情報取集してみたり、…皆、自分と他人との境界線をはっきりさせたくて、いつも必死だ。』
本文 抜粋
本を読む側の立場はいつも安心だ。
文中の誰かに感情を入れ込みながらも、否だと思えば傍観できる。
そんな傍観者が突然当事者になる。
自分を暴かれる。
そんな本が『何者』だという。
突然の瑞月の本音の発言で、就活会議は混迷する。
真摯に語る瑞月の言葉は、それを聞く側の人の心に何かをもたらす。
そして、自分だけは安心だと思っていた拓人へ、理恵は言う。
『自分が書いた人への思いが、自分自身への思いだ』と…。
拓人は傍観者が当事者へと変わっていく。
『何者』かになりたい『何者』が、年を重ねて大人へとなっていく。
誰かに見つけて貰いたくてじっと待っていても、何者にもなれないと気付くとき、人は自分の足で自分を探そうとするのかもしれない。
(J)