hon20151202沢木 耕太郎  さわき こうたろう

『鏡の調書』

片桐つるえが奉還町にやってきたのは、暮れも押しつまった十二月二十七日のことである。
なぜ岡山に来たのかという確たる理由はなかった。
それまで住んでいた神戸では家賃が高くて暮らしにくかった。
田舎に行けばもう少し暮らしやすいかもしれないという漠然とした期待感はあった。
それに冬の寒さが応えるようになっていた。
少しでも南に下がればそれだけ暖かいだろう。
とすれば岡山でなくてもよかったはずだが、
恐らくは独特の勘によって新幹線を岡山で下車した。

本文 抜粋

片岡つるえは、『八十三歳の天才詐欺師』だった。
『銀座のど真ん中に二十一坪ちょっとの土地を持っていて煙草屋をしていた。
年なので土地を売り、一億からの金がある。
買い手が隣りなので、長い付き合いのよしみに土地を手放したという。
独り身で、銀行利子だけで暮らしていけるので、信託銀行に預けっぱなしにしてあると話す。

その片岡つるえは、「滝本キヨ」と言う偽名で、次々と多くの人から多額の借金をし、詐欺で捕まる。
彼女の上品な見かけや、天涯孤独で多額の財産を譲る人もいないという話は、奉還町の人々の噂になる。

一カ月のすると、この大金を背負って迷い込んできた老女の噂で街はもちきりになった。
噂は噂を呼び、『滝本キヨ』物語は勝手に増幅されていった。
奉還町の商店街では、億万長者への「小さな親切」合戦の主戦場になった。
《東京は人が多すぎるから、余生をゆっくり送りたい。
この先のいろいろ頼むこともあるだろうが、よろしくお願いしますよ。》
と頭を下げられて、この小さな親切をしっかりしようと決心する。

片桐つるえはほぼ五か月間なにひとつ詐欺行為をせず、むしろ逆に町の人々の信用を得るために、みあげなどの差し入れをする。
お茶を出された家にはお茶のお礼と菓子を持って来る。
知り合った人々に刺身をそれぞれの家に置いたりするようなことを三日おきにしている。
それはまるで、鶴江の話しを裏付けるように人々に印象付けられた。

『小遣いを貸しておくれでないかい』という鶴江に人々はお金を貸す。
『布団屋に支払うお金が足りないから貸してくれないか』
銀行が定期で下せないとか、弁護士と連絡が取れないからなどと理由を言い、次々と人々からお金を借りる。

被害額600万余。
この数字は日本の詐欺事件では、数の内に入らないほど少ない。
被害件数は百二十一件で犯行回数の多さがある。
二十人近くの人が集団催眠に近い完璧さで騙された。

それに片桐つるえは、なぜ早くに町を逃げ出さなかったのか。
ほどほどのものを貯めて、危険が来る前に逃げてしまえばよかったのではないか。
彼女は捕まったとき、所持金はほとんどなかったという。
六百万円の使途はそのほとんどすべてが他人にあげるために物だった。

「人の砂漠」は、ルポルタージュ8編が書かれている。
どの作品も陽の当たらない場所で、人知れず生きる人々や人生の敗残者たちを描く。
昭和55年と、作品が書かれてからかなり経つが、この本の内容は決して古くはない。

人間の持つ不合理や不条理、また自尊心のあり方など、決して古くはならないどころか、増々重要になってきている現代に、大きな、そして重要な問いかけが成されているようだ。
人は何を求めどう生きようとするのか。
この本を読み、この疑問が残った。

(J)

 

「人の砂漠」