hon20151224姫野カオルコ Himeno Kaoruko

1958年滋賀県出身。
90年スラプスティック・コメディー『ひと呼んでミツコ』で単行本デビュー。
2014年本作で150回直木賞受賞。

昭和30年滋賀県に生まれた柏木イクは、小さい頃から他人の所を転々とした。
気難しい父親と、犬に咬まれたイクを笑う母親と、一緒に暮らすようになったが、不条理な生活は繰り返された。

そんなイクの傍らに何時もいたのが猫や犬だった。
高度成長期の日本、そしてその後の高度成長期の崩壊と、昭和と言う時代に、イクの傍にいた犬や猫との、数え切れないほどの思い出と共に本作は進む。
滋賀県・紫口市の牧師館で預けられ暮らしていたイクは、棲む家を見つけたという父の言葉で、馬車で54分ほどの香良市で暮らし始める。
トイレもないし水道もないし寝室もない。
仮設の事務所に格安で入ったのだった。
父と母も別々に暮らしていた。
その3人が一緒に暮らすことになったのだ。

イクはその家をララミーハウスと名付けていた。
その家にはペーという名の犬がいた。
そして後にイクによく懐いた猫のシャアもいた。

柏木優子はイクの母の名である。
優子もイクも父親の鼎かなえ)も、しごとや通園の為にほとんど家にいない。
だからトイレがなくても何とかなった。

父の仕事はロシア語と中国語と英語を教える教室に勤めていた。
「先生」と呼ばれる父は、戦争で、満州とロシアにいた。
敗戦から10年たって家族が諦めていた頃に、極寒の地から引き上げてきた。
東京オリンピックや新幹線が開通する。

その後、イクたちは4百坪ほどの家に引っ越す。
シャアは居なくなり、ペーも見えなくなった。
その後イクの家に来た犬はトンと呼ばれた。
トンは人を咬みイクも咬んだ。

父はよく気分を害すると、地響きのするような雷鳴で怒声した。
イクが出来るはずのないようなことをさせては、鼎は気分を害しイクを怒鳴りつけた。
人々は彼の怒声が、人が起こっていると言うより獣の咆哮で、とにかく聞こえなくなることをひたすら願う。
イクもまたそうであった。

そんな父に犬や猫はよく懐いた。
父の特別な才能だったかもしれない。
余り笑うことのない父が、犬に微笑む。
娘は年頃になっても、母はブラジャーを買い与えなかった。
本を売ってブラスリを買う。
そしてそれを隠れて乾かす。

東京の大学に進学して、人に隠れずに洗濯ができることをイクは喜ぶ。

犬や猫は自分と主に生きる「横並び」の生き物だったと書かれている。
訳も分からず父から怒鳴られていた日々、イクに必要だった保護を与えることの少なかった母。
そんな日々の生活に、犬はぴったり寄り添うようにイクの傍にいた。

犬との歴史はイクの歴史でもあり、喜びでもあった。
子供時代から思春期、成人への変化する中、年齢と共にものの見方は変わり、世界は違うように映る。

そんな中でもイクの犬や猫好きは変わることなく続き、彼女の心の中で猫や犬を語りながらも、自分生きてきた道を静かに語っている。

物語は、作者の姫野カオルコさんの自伝的なものだと言う。
生まれたころから小学校に上がるまで、いろんな人の家に預けられていたという。
犬や猫が大好きと言う姫野さんだが、思い出話なのだろうが、どこかが非常にすっきりとしていた語り口である。
時代の変化は物の見方を変化させるし、自分の父や母の見方もそれとともに変化する。

感情の言葉で語られてはいないが、何か心に深くの感情に響く。
そんな作品だった。

(J)
「昭和の犬」