hon20151230北川 恵海 [きたがわ えみ]

大阪府吹田市出身。
第21回電撃小説大賞にて〈メディアワークス文庫賞〉を本作で受賞しデビュー。
あきれるほどインドア―派。
甘いものとコーヒーと紅茶、音楽とテレビがあれば毎日幸せ。
でも趣味は旅行という矛盾。
青黒のサッカーチームを熱く応援中。

六時に起床。
同、四十六分発の電車に乗る。
八時三十五分、会社に到着。
席に座ると同時にパソコンの電源を入れる。
十二時から一時間の昼休憩。
席を立ち上がったところで上司に声をかけられ、解放されたのは十二時十五分。
歩いて三分の安いラーメン屋には長蛇の列。
並ぶこと十五分。
ようやく飯にありつける。
注文が来るまで三分。
湯気の立ち上るラーメンを胃袋に吸い込むことに五分。
すぐに席を立ち、会社の玄関横にある喫煙スペースで、缶コーヒーを片手に立ったままタバコを吹かす。
この半年でタバコの量は二倍に増えた。
ここでやっと、ホット一息つく。
時刻はすでに十二時四十五分を経過している。
十二時五十八分、自分の席に戻る。
十三時二十七分、本日三度目の上司の怒鳴り声。
十九時三十五分、やっと、上司が退勤。
頼むからもっと早く帰ってくれ。
二十一時十五分ようやく退勤。
この時間になると、電車の本数が少ない。
二十二時五十三分、帰宅。
二十五時零分、就寝。
以下、繰り返し×六日間。

本文 抜粋

 

ことごとく希望の企業の面接に落ちまくった青山隆は、名高い一流企業ではなく、中堅の印刷関係の企業に就職した。
内定をもらった時はかなり嬉しかった。
この会社の役に立って利益を上げて、落とした会社を見返してやろうとも思った。
あの頃はまだ、少しの夢と希望とやる気があった。

だが、現実の会社はブラック企業だ。
心身ともに衰弱した隆は、無意識に線路に飛び込もうとした。
「ヤマモト」と名乗り、小学校の同級生だという彼に会ったのはそんな時だった。
隆の肩に手を掛け、懐かしそうに話すヤマモトだが、隆には彼の記憶はなかった。
思い出そうとするがどうしても思い出せなかった。
久しぶりの出会いに食事をする。
関西弁で話すヤマモトは、小学校の頃に関西に引っ越したという。

同級生の岩井一樹に携帯から電話する。
ヤマモトっていたっけ?
その後の一樹の情報で、同級生だったヤマモトは海外滞在中と分かる。
『ヤマモト』は誰だ?

不信の思いながらも、隆はヤマモトに会い続ける。
会社の話しや仕事の話しなどを、心を開いて話す。
ヤマモトは良く話しを聞いてくれる。
色々なアドバイスもくれて、少しづつ隆は元気を取り戻す。
そうなると嫌だった仕事にも活気が出てくる。

でも、ヤマモトはなぜここまで隆のことを気にかけてくれるのか。
気になった隆はネットで彼のことを調べ始める。

そして、ネットを通じて分かったヤマモトの事とは、三年前に激務で自殺した男の話しだった。
じゃあ、目の前にいるヤマモトは誰?
幽霊か、それとも…。

高校生まで、友だちとの関係も勉強もほどほど。
困ったこともない。

そんな隆は社会で働くことを甘く見ていた。
そんな隆は、実際に働きだして仕事の厳しさを知る。
鬱になった先輩の話も聞いてはいたが、そんな話は他人事だった。

ヤマモトに出会って、順調にいき始めた仕事も社内の人間関係も、思わぬ方向へと進んで行くことになる。
信頼し目標とも思える先輩の不信な行動や、怒鳴る上司に、隆は遂に決心する。
本当に自分がしたいことは何?

思い描く希望と現実のギャップは大きく、どうしようもなく襲いかかってくる。
ヤマモトのような人に出会えたら本当にラッキーだ。

簡潔な文体で、分かりやすくしかも共感できる。
人の思いやりの大切さと、何を人生に求めるのかを考えさせる。
読んですっきりスカッとできる。
そんな感じの本だった。

(J)

「ちょっと今から仕事やめてくる」