中村 文則 (なかむら・ふみのり)
1977年愛知県生まれ。2002年『銃』で新潮新人賞を受賞しデビュー。’04年『遮光』で野間文芸新人賞、’05年『土に中の子供』で芥川賞、’10年『掏摸』で大江健三郎賞を受賞。’12年『掏摸』の英訳が米紙ウォール・ストリート・ジャーナルの年間ベスト10小説に選ばれる。作品は各国で翻訳され、14年David L.Goodis賞(米)を受賞。他の著書に『最後の命』(映画化)『何もかも憂鬱な夜に』『去年の冬、きみと別れ』『教団X』などがある。
世界中で翻訳&絶賛されたベストセラー『掏摸』の兄妹編と言われる、小説『王国』。
小さい頃に親から捨てられ孤児院で育ったユリカは、いつもバッグにナイフを入れている。いつからこのナイフを持っているのか、よくわからない。小学校の低学年の頃、クラスメイト達の嫌がらせがエスカレートした。物を隠されるくらいならいいけど、彼女達は集団でぶつようになった。このナイフを体操服にくるんで持っていった。円で囲んだ彼女達に倒されたとき、このナイフをつかんで立ち上がり彼女たちに向かって振り下ろした。誰も傷つかなかった。そして嫌がらせは止んだ。以来、誰も近づいてこなかった。善良な者も遠ざけた。構わなかった。
東京で、エリはユリカと同じ高級クラブと呼ばれる飲食店で働いていた。エリは、名古屋の大手の食品会社で仕事をしていたが、男と知り合い結婚しようと言われて東京に出てきた。そしたら男は結婚していた。暴力的なセックスのあと、男の興奮は収まらず、身の危険を感じたエリはその男から逃げ出した。その男は化け物だった。お酒に大分体をやられていたエリは、ある日何かに呼ばれたみたいに自分の部屋を出て、酔ったまま車に轢かれた。エリには翔太という男の子が一人いた。児童養護施設に預けられていた翔太が発熱し、何かのウィルスと診断され病院に入院した。特殊な医療を受けなくてはいけなくなり、その費用をエリカは出すことにする。徹底的に調べて治療して欲しいと言った。施設の子が、周囲がオロオロする中で原因もわからず死ぬ。この子の抱えている運命のようなものを、どうしても裏切りたかった。
そんなときにエリカに近づいてきたのが矢田だった。一度に三十万出すという。上手くやれたら次からは五十万出すと言った。
利用したい人間を選び、その人間の弱みを、人工的につくり出す。社会的要人の弱みをつくる仕事だ。共にホテルに入る写真や映像。娼婦とベッドで共に裸でたわむれている証拠。性の恥を覚えるような証拠。誰にも知られたくない出来事の証拠。20回やれば、少なくとも一千万にはなる。お金が必要だった。
組織によって選ばれた「社会的要人」の弱みを人工的に作るこの仕事をエリカはやった。そんなある日、見知らぬ男から忠告を受ける。
「あの男に関わらないほうがいい。・・・なんというか化け物なんだ。」その男の名は木崎という。
矢田からの仕事と思ったのが、実は誰からの依頼なのか分からないということが起きる。矢田の周辺に不穏な出来事が起き始め、エリカも抜き差しならない状況へと進んで行き、やがてエリカは見知らぬ男から「化け物」と言われた木崎と対峙せざるを得ないようになっていく。
「月」(ルナ)のことが本文の随所にでてくる。ユリカが小さい頃からいつも見ていた「月」。そして、その「月」を木崎よりも「上位」の存在として置き、反社会的で残忍な物語に思想性を与えているようだ。「黒」が照らしだすこの物語は、『人の心の闇を強く照らしだしているのだろうか。』ふとそんなことを思う。
(J)