「人生がうまくいく哲学的思考術」  白取 晴彦

 

 

 

 

著者紹介
青森市生まれ。
ベルリン自由大学で哲学・宗教・文学を学ぶ。
既成概念にとらわれないで、哲学と宗教に関する解説書の明快さには定評がある。
主な著書に『超訳ニーチェの言葉』『頭がよくなる思考術』『独学術』『この一冊で「聖書」がわかる』などがある。

 

 

第1部 本当に幸福な生き方

8 清潔に生きる

いったい、何を所有すれば幸せだと自他ともに認めることができるのか。家や土地と別荘はもちろん、船まで持つべきなのか。
あるいは、所有と幸せが必ずしも結びつかないというのなら、幸せはたんに心の問題なのか。しかし、心は不安定なものだ。揺れて、定まることがない。それどころか、心と感情の区別さえ難しい。
あるいは、まったくちがうアプローチで幸せに通じる道はあるのか。

ニーチェは「清潔が幸福につながる」と言った

豊かな鼻髭をもっさりとたくわえたニーチェは、イタリアとスイスを行き来していた奇妙な哲学者だし、そんな男の書いた哲学的な事柄など、現代のふつうの人々になんら関係がないと思われるかもしれない。
しかし、彼に限らず哲学者はわたしたちと同じように愛したり苦しんだりした人間だし、彼らの考え方や感性が最初から人間離れしているとか、天才的というわけでもないのだ。
ただ、哲学者はわたしたちが言葉に変換できないでいる事柄をなんとか言い表していることで、わたしたちの生活になんらかの貢献をしているのである。

ニーチェは、アランのような『幸福論』を書いていないが、彼の著作のところどころには幸福についてのかなり良いアドヴァイスが見受けられる。たとえば、「さまざまな意見と箴言」にはこんなことが書かれている。
「清潔好き。-子供のうちに清潔好きの感覚を、それが情熱となるほどまでに焚きつけるべきである。後日それは、たえず新しく姿をかえながら高まってゆき、ほとんどすべての美徳にゆきつく。そして最後にはそれは、あらゆる才能の補正として、清潔、節度、温厚、品性のいわば光の面紗(ヴェール)のように見えてくる、-幸福を身にたずさえ、幸福を身のまわりにひろめるものとして」(中島義生訳)
ここに書かれていることは少しも難しくはない。清潔を好み性向を子供のうちから身につけさせれば、やがてそれは美徳に変質するし、ついには自分にも周囲の人々にも幸福をもたらす、というのである。
なぜ、清潔が美徳や幸福とつながるのか。清潔観念にもなんの抵抗もなく直接的にそのまま通じていくからだ。