「人生がうまくいく哲学的思考術」  白取 晴彦

 

 

 

 

著者紹介
青森市生まれ。
ベルリン自由大学で哲学・宗教・文学を学ぶ。
既成概念にとらわれないで、哲学と宗教に関する解説書の明快さには定評がある。
主な著書に『超訳ニーチェの言葉』『頭がよくなる思考術』『独学術』『この一冊で「聖書」がわかる』などがある。

 

 

第2部 悩むな、考えろ

17 自分の中の「野生」を意識する

かつては狩猟、護衛、食糧といった実用目的の家畜であった犬は、現代において愛玩動物、つまりペットとして飼われている。もちろん犬に限らず、ペットが癒しを与えてくれるからだという。
けれども、その場合の癒しとは何か。音楽や芸術作品、嗜好品や高性能マッサージ機が与えてくれる癒しとは異なるのか。お金で買えない癒しなのか。なぜ、人ではなく、犬のようなペットが癒しの力を持っているのか。

犬は「現在」そのままを生きている

十九世紀半ばの哲学者ショーペンハウアーは、犬がこの「今」に生きているから、人はそこに生き物としての自然的な幸福を感じるものだと考えている。
犬は、つねに「今」をそのままに受けとめて反応している。喜びが生まれればすぐに全身で喜び、恐れがあれば怯え逃げる。眼前の状況と自然にあらがうことがない。
犬は全身で喜び、今の命をそのままに生きることしかない。もちろん、死についても考えない。信じることはするが、心配も想像もしない。だから、疑いなど最初から皆無だ。ただ、現在に直接触れて瞬間瞬間を生きている。
そんな要約よりもショーペンハウアー自身の言葉をいくつか『自殺について』から引用したほうがもっとわかりやすいかもしれない。

「動物はわれわれよりもずっと、現実の世界に生きることだけに満足している」
「動物はわれわれ人間と比べて、ある意味で本当に賢いと言えるのである。すなわち、安らかでくもりのない現実の享受である。動物は肉体を得た現実である」
「われわれがペットに対して抱く喜びは、まさにこの動物特有の現実への完全な埋没によるところが大きい。ペットたちは擬人化された現実であり、われわれに屈託のない、くもりのない時間の価値を感じさせてくれる」
「・・・・・・動物の性質、すなわちこの世に存在することだけにわれわれよりも満足しているということ」

人に飼われていながらもいういった野生や本能をあらわにして生きていることを見せてくれるからこそ、犬をはじめとしてペットたちは人の癒しとなりえるのだ。
つまり、わたしたちがこの現代生活の中で忘れつつあるものを身近にしてくれるからだ。それは野生であり、生命の純粋な活動だ。
もちろん、人間にも野生はあるが、社会性と文化に厚く覆われてしまっている。たとえば、野生がもろに顕れる性的な事柄を隠すべきものだとするような一種の社会的馴化と、無言の制約である。
しかし、わたしたちも生物である以上は、自分の中に純粋な自然にほかならない野生性こそが今の生と身体を支えている。いくら知性があろうとも、いくら科学やコンピューターが発達しようとも、ひっきょう人工的なものは人間に行き続ける力や現実への十全たる満足を与えることはない。
人工的な環境である都会に住む人々が身近に緑を欲しがるように、わたしたちの心身は野生性を欲しがる。それを与えてくれるのがペットなのだ。ロボットの犬や猫が持ちえないのはその野生性なのである。
だから、ペットや犬や猫がかわいいのは幼児に似ているからだと言う人さえ、結局はその野生性、心と身体の反応が分離していないことを好んでいるわけだ。幼児はまだ文化的人間になっていないし、その意味で状況の甘受についてはまだ動物に近いからだ。