カズオ イシグロの同名作品の映画化。

1952年 医学界に画期的な進歩があり、今まで直すことが出来なかった不治の病を治すことが出来るようになり、1967年には、人間の平均寿命が100歳を超える。

人間のDNAを使い、コピー人間を作る。
その人間の臓器を移植し、病を治す。

ヘールシャムには、大勢の子どもたちがいる。
1978年、キャシー.Hもヘールシャムに居る子どもであった。
“提供”される臓器が健康であるために、ヘールシャムの子どもたちは、様々な事が要求された。
そしてまた、ヘールシャムは、臓器提供の倫理を実践する最後の場でもあったし、国立提供者プログラムでもあった。

子どもたちは、自分たちがどのような運命を辿るかは、あいまいな言い方で説明されていた。
色々な思いの中で、教師のルーシーは、そんな彼らに大人になっても、通常の『未来はない』ことを子どもたちに告げる。

“提供”手術は、何度も行われる。
提供者の命の続く限り、その手術は行われた。

ヘールシャムと外との境界にはフェンスが張られ、子どもたちの間では、外の世界はとても恐ろしいところだという噂が流れていた。
『男の子が外に出て、木に縛られて、手と足を切り取られた』とか、『女の子が外に出て、戻れなくて、餓死した』とかである。
そして、誰もが事実を確かめることなく誰もが外に出ようとはしなかった。

キャシーとトミーは、仲が良くて、時々切れて、仲間外れにされるトミーをキャシーは優しく接した。
幼いながらも心を寄せ合う二人。
しかし、キャシーの友だちのルースは、何時しかトミーの恋人になる。

1985年、ある一定の年齢になった3人は、コテージに移る。
そこには、ヘールシャム以外の所から来た同じ人たちもいた。
『モーニングテール』『オークヒル』『ホワイト・マンション』などという、今まで聞いたこともない名前から来た人たちであった。
そして彼らも、大人にはなるが決して老いることのなく“提供者”としての人生であった。

コテージでの生活で、トミーとルースとの関係に居たたまれなくなったキャシーは、介護人を志願する。
手術をする人の傍で、その人が終了するまで付き添う仕事だ。

キャッシーは、トミーやルースと離れて、9年介護人の仕事をする。
仕事は、順調に進むが、次々にスイッチ・オフをしていく人の傍にいることで、心は歪んでいく。

そんなある日、キャッシーは、“提供者”の中にルースを見つける。
ルースの提案でトミーに会い、トミーも交えて3人で旅をする。

そこで、ルースは、ヘールシャム時代に二人にやきもちを焼き、二人の仲を裂いたことや、一人になり、取り残されるのが怖かったことを告白する。
キャッシーは、怒りや憤りを感じながらも、いたわり、そして許す。

臓器提供で、色々な病が治り、より幸せな人生を送る人たちが増えてきている。
そして、生命倫理の問題が大きくクローズアップされる今、この映画が投げかけるものは大きい。

彼らは、限られた人生の中で、生きることとは何かも知らぬまま“終了”していく。
人の為にのみ生き、そして人の為に死ぬ。

それでも生きる「意味」を見つけようとするキャッシー達の姿に、深い絶望と、ささやかな幸せを大切にしようとする、人間の根源の姿を見たような思いがする。

(J)

「わたしを離さないで」 NEVER LET ME GO