1960年 アメリカ映画。

インディペンデンス映画。
セミドキュメンタリー・ドラマで、2年の制作年月をかけて作られた。
即興演技で殆どその場でセリフを考えるらしい。
モダンジャズの音楽と、N.Y.マンハッタンというアメリカという国の持つ様々なものが見え隠れする映画。

影 shadow
ユング(Jung,C.G.)があげる元型のうちの1つである。
影の内容となるのは「その個人の意識によって生きられなかった反面、その個人が認容しがたいとしている心的内容」であり、一般に物に光があたってできる影のように、その人の心の影の部分をさす。
一般的な影が物に陰影を与えるのと同様、
影はある人の、暗く否定的な側面を示すとともにその人に深みと奥行きを与える。

しかし影は、一般的にその人の自我とは対立するものなので、その統合はそうたやすいものではない。
たいてい、自分自身のものとは感じず、他者にその要素をみる「投影」という機制が働くことが多い。
「どうも虫が好かない」と思う人がいたり、ある人の悪口をさかんに言っているときなどは、影の投影が考えられる。
「カウンセリング辞典」より抜粋

ヒュー・ベン・レリアは黒人の血を引く三人の兄妹。
長男のヒューは歌手。
歌手としては売れない日々を過ごしていて、色々なところの、店回りの日々が続いてる。
次男のベンは、知り合いと一緒に、女の子をひっかけようと町をうろうろする。
一番下の娘レリアは、20歳。
白人のように肌が白く、画家をしている。

物語は、トミーがレニアと出会う事から進展する。
トミーとレニアは互いに夢中になり、レニアを自宅に送って行くが、そこで、レニアの家族が黒人であることを知る。

思わず、引くトミー。
怒りと共にトミーを追い出すヒュー。
嘆き、悲しむレニア。

一方、ベンは、当てもなくふらふらと生活している。
知り合った女性とデイトすべく色々と画策するが、恋人という男性に殴られ、よたよたになりながらも、自分の生き方を見つけようとする。

アメリカの影とは何か?
差別・放浪・放蕩・喧嘩・・・・・?
悲しみ、怒り、嘆き。
家族愛、友情、信頼、裏切り。
ううううう~ん。なんだろう!!!

ユング派でもフロイト派でもそれ以外の療法でも、解らないものは解らないよね。

元型 archetype
人間は、自分自身やs他者のこころ・行動を理解しようとするとき、どのようにするのであろうか。
たとえば、ある人間のこころ・行動を理解しようとしても、万人に共通して認められる理解が得られることはまずないであろう。
それは、人間のこころ・行動の理解に、理解しようとする人間の個人的経験・価値観・規範などが影響を及ぼすからである。
これは、個人を取り巻く社会・環境・文化などによって育まれる。
したがって、人間のこころ・行動の探究においては、それが意識的であれ無意識的であれ、探究者個人の体験・環境・文化が大きく影響を及ぼすことになる。
当然、心理療法の学派・理論もこのような影響を免れることはできない。
元型は、人間の生き方に密接にかかわる行動様式ないしは型である。
たしかに人間は特定の環境・文化の中で生活を営んでいる。
この環境・文化も何らかの集合的な行動様式や型といえる。
しかし、それらは元型ではない。
それらは、すでに意識的に生活に影響を与えているのであって、その意味で外的権威すなわち集合無意識である。
元型そのものは意識することができないものであり、集合無意識にあるイメージを通じてものみ元型イメージとして把握できる仮設概念である。
ユングが神話や宗教の探索を通じて、また、フロイトとの決別後の精神的大混乱の体験を通じて提唱した元型には、ペルソナ・影・アニマ・アニムス、老賢者、自己、曼荼羅などが挙げられる。
「カウンセリング辞典」より抜粋

(J)

「アメリカの影」 Shadouws