1954年 ボストン湾諸島。
エドワード・ダニエルズ(テディ)は、連邦保安官である。
彼は、シャッター・アイランドと言われる島に向かう。
その島の施設は、犯罪者ばかり集めた精神科病院。
その島の施設から、レイチェル・ソレンドーという名の、患者が行方不明になり、彼女の捜索の為に彼は島に向かう。

レイチェルは、我が子を3人殺害。
2年前から施設にいるという。

この当時の精神科の治療は、ロボトミーという脳に穴を開ける治療が行われていた。
この島の院長コーリーは、この方法ではなく患者の話を聞き、ソラジンという新薬を使って、患者を治療したいと考えていた。

外科手術であるロボトミーは、従順か廃人か、
その当時の精神医学会でいろいろと論議されていた。

相棒のオールと二人で施設を照査するテディ。
だが、テディには、心から消えぬトラウマがあった。

毎夜のように襲う悪夢。
夢の中で小さな女の子が、『なぜ助けてくれなかったの?』と言う。

ナチスの収容所・ダッハウ収容所の解放の時、かれは数え切れないほどの死体を見、収容所の監視兵の銃を取り上げ、彼らを殺した。
“戦闘”ではなく“殺人”を犯した。

その後、彼は、アルコールに溺れ、仕事にのめり込み、家族の住むアパートが放火にあい、妻を亡くす。
その放火犯であるレディスが、この施設にいるという事実を突き止めていた。

嵐が来る中、テディは、居なくなったレイチェルの捜索をはじめる。
完全密室の部屋。
裸足の脱走。
謎は深まるばかりである。

捜索をする中、テディは、次第にこの施設自体に疑いを持つ。
ここで人間の精神を操る実験が行われているのでは・・・・・。

嵐のあと、ついに彼は、ジョージ・ノイスに会う。
彼は、この施設から逃げ出した患者だったが、テディがそのことを人に話しことでまた、収容されたという。

次々に現れる幻想。
体の震え。
追いつめられるテディ。

彼は、誰も信じられなくなる。
相棒も誰も、信じてはいけない。

そんな中、彼は、自分が信じて疑わなくなった“組織ぐるみの陰謀”を暴くため、一人で動く。
凶暴に人を殴り、ナーキング医師を倒し、車を爆破しそして、ついに彼は院長コーリーの基に辿り着く。

そこで、彼は院長コーリーから、想像もしなかった事実を聞かされる。
テディの名は、『アンドリュー・レディス』で、2年前から、ここに入院している患者であると・・・・・。
彼は、自分の住んでいたアパートに放火をし、湖の近くに引っ越す。
そこで、うつ病に罹っていた自分の妻が、子ども3人を殺し、その妻を彼が殺害したのだと。

そして、また、相棒のオールは、安全の為に付き添っている主治医シーアンであることを。

サスペンス映画の最終部分をきいてしまうと映画の面白さは半減する。
さて、この映画の結末はどうなるのでしょうか?

もしこれが治療のためのものなら、それとも、テディの考えたように組織ぐるみの人体実験ならどちらにしても結構見ごたえありますよ。

妄想 delusion
何人かの友人が集まってひそひそ話をしているとき、〈ひょっとしたら自分のことが噂されているのではないか〉と気になり、探りを入れるなどしてやがて〈そうではないことがわかって安心した〉といった経験は誰にでもあるのではないだろうか。
この場合、〈噂されているような気がする〉という「心的現実」(psychic reality)と、〈友人たちは別の話をしている〉という「外的現実」との「2つの現実」の間で照合・検討がなされ、その結果「心的現実」の不安や疑惑を消すことができたということになる。
このように私たちは、心的現実と外的現実という2つの現実を往復しつつ、相互にすり合わせをしながら日々の精神生活を送っているといえるだろう。
ところが、この2つの現実を照合・検討する機能に障害が起こると、たとえば、〈まちがいなく、他人が自分のことを噂している〉というように、心的現実のみが明確なリアリティをもって確信的に体験され、他者がいくら「外的現実」を提唱したり説明したりしても、それを受け入れることができなくなる。
これが「妄想」である。

「カウンセリング辞典」より

(J)

「シャッター・アイランド」  Shutter Island