LA TOURNEUSE DE PAGES

私たちには人間の行為のやり取りを、つい単純な<原因ー結果>の見地からとらえたがる傾向があります。
たとえばもし私たちが怒るとすれば、それは誰かがそうさせたからというわけです。
あるいは私たちが誰かの怒りのターゲットになっているなら、それは私たちが責められてしかるべき原因になっているからというわけです。
逆に、もし、私たちが自分の無実を信じているのなら、相手には怒りを感じる権利などない、としがちでもあります。
私たちの生まれ育った家庭での人間関係が融合したものであればあるほど(融合とは、共同性に向かうパワーが家庭内で強力すぎるために、<私たち>のなかの一人ひとりの分離した<私>が欠落したまま、皆がひとつに溶け合っているような状態を意味します。)
他者の感情や反応についても責任が自分にあると思い、また、逆に自分の感情や反応について他者に責任を負わすようになりがちです。

「怒りのダンス」H・G・レーナー著

アリアーヌは、三重奏団の一員のピアニスト。
弁護士の夫ジャンと一人息子のトリスタンの三人家族。
2年前に、交通事故にあって以来、精神が不安定になり、心の支えを求めている。

その家族に、トリスタンの面倒を見るためにやって来た女メラニー。
若くて優秀なメラニーは、アリアーヌのピアノの譜めくりになる。
メラニーは譜めくりをしながら、徐徐にアリアーヌのなくてはならない人になっていく。

小さい頃、ピアノと弾いていたメラニーは、ピアニストになるべく受験したが、ある出来事があり、試験に落ちる。
それ以来、ピアノを弾くことを諦めた彼女だが・・・。

静かなタッチの中に、思いを秘めたメラニーの健気なリベンジとも取れる様々なシーンで綴られる。
これは、正当な復讐なのか、それとも、甘えなのか?

「くやみ」と「くやしさ」が、以上にのべたごとく甘えの延長上にあるということから理解されるように、この心理は特に日本人が低迷しやすい感情であるということについて、一言しておこう。
・・・・・・日本人は得てしてく やしい感情を持ち、また奇妙なことだがそれを大事にする。
「甘えの構造」  土居健郎

(J)

「譜めくりの女」