自殺願望のある二人の男子高校生が自分たちの通っている高校に銃をもって乱入し自殺するまでのプロセスを、ドキュメント風に描いたDVD作品。

“ZERO DAY”と実行日に名前をつけて犯行に至ったこの出来事は、自己顕示欲かそれともリベンジか。
二人の家族内での笑いや優しさも、この犯行を押し止めるものにはならなかった。

“ZERO DAY”に向けて二人で綿密な計画を立てていく。爆弾の作り方、銃の操作の仕方、粉々に砕け散る人形や果物。周りに響く高笑い。
何が二人を追い詰めたのかは描かれていないが、ただ、着々と準備をする二人の姿には戸惑いはない。

一見狂気にも見える二人の姿は、神と化そうとするする人の心の傲慢さか。
それとも決して豊かではない日常生活の日々の中から生み出され結晶化されたリベンジなのか。

ラストシーンで学校近くに作られた十字架の墓木に火を放ち炎が燃え上がるシーンがあるが、その墓に火を放った人たちの姿は自らの学校を死に場所に選んだ二人の主人公の姿と重なって見える。
何かを主張することと主張することの暴力性を感じさせる。

人の中には,自己顕示欲も何かに復讐したい気持ちも残虐性も暴力性もある。周りの人に合わせる事で自らの生き方を選び取ることも出来るだろう。

戦争で人を殺すことと,犯罪者として人を殺すことの違いとは,何で決まるのか。
また、人を殺すことと,自らを殺すこととはどう違うのか。

“死”と言う出来事は,そのプロセスによって,その時々で価値を変え、評価も変える。

《J》

ZERO DAY