本名 レイ・チャールズ・ロビンソン(1930年~2004年没)は、盲目の黒人歌手だ。
彼は、幼い頃に弟ジョージを水の事故で亡くす。
弟が亡くなって半年後位から、目が霞むようになり、医者にも通うが効果がなく失明する。
そして、弟の事故を目の当たりにしたチャールズは、その事故が、心の傷として残りその後弟の死を巡る幻が出てくるようになる。

黒人差別の激しい時代の中、さまざまな苦しみから麻薬・ヘロインに手を出す。

その麻薬解脱の激しい苦しみを経験し、その後更生する。
黒人の差別反対ための活動を歌によってしたそうだ。

母・アレサの『誰にも盲目なんて言わせない』という言葉を信じるという約束を守り、自分自身で人生を切り開いていった、その物語が描かれている。

音楽が好きで、近所の老人からピアノを教えてもらう。
盲学校時代に母を亡くし、1948年にフロリダ州からシアトルへと向かう。

友人のゴッシーを尋ねて行き、そこでマーリーン・アンドレの店『ロッキング・チェア』で歌とピアノの職を得る。
しかし、母アレサの言葉『嘘つきはどろぼうだ』の言葉を裏づけするかのように目の見えぬレイの賃金などをマーリーンやゴッシー搾取する。
怒りと共に、スウィング・タイム社のジャックの誘いに乗り移籍を決意する。

タイム社でレイは、有名ボクサーと同じ名前なので、芸名としてレイ・チャールズと名乗る。
1枚目のレコードはヒットするが、その後不調。
この時に薬物に手を出す。

その後、債務超過で歌手を手放すことになったジャックの所から、アーメット・アーディガンのアトランティック社と契約する。

今までのレイは、有名人の物まねのような音楽だった。
受けるためにはそうでなければならなかった。
アーメットは、そんなレイに彼独自の音楽や音を出すように導く。
1953年のヒット曲「メス・アラウンド」はヒットする。

そして、結婚相手となるアントワインとの出会いで、『人の音が出せるなら自分の音も出せるはず』と聞かされ、ゴスペルとR&Bをアレンジした曲を出す。
周囲から、教会を冒涜していると言われながらも、自分の信念を貫き通すことになり、是か非か問われる音楽活動にもなる。

お金を稼ぐなら南部と言われていたその時代に、ジョージア州での黒人差別反対に賛成を表明したレイは、その後ジョージア州などでの活動が出来なくなる。

次々と生み出されるヒット曲で、レイ・チャールズの名前は広がりを見せることにもなる。

1960年に、長年活動を共にしてきたアトランティック社から、ABC社へ移籍し、活動を世界へと広げていくが、ヘロインの影響は隠せないものになっていた。

ヘロインで逮捕されたレイは、聖フランシスコ更生クリニックで、更生プログラム終了と定期検診を条件に不起訴されて、完全に薬物依存から立ち直る。

黒人でしかも盲目である彼に、周囲の人々は彼を無能だとか世間知らずと言い利用したり、手が掛かると一人置いてきぼりになったりもした。

その彼は、母の『自分の脚で立つ』を実践し、音楽の世界で活躍する。
数々流れるレイ・チャールズの音楽を楽しみながら、画面に惹きつけられる映画だった。

(J)

「Ray」