佐藤 正午 さとう・しょうご
1955年長崎県佐世保市生まれ。
’83年『永遠の1/2』ですばる賞を受賞。
2000年に刊行した『ジャンプ』はベストセラーとなり、「本の雑誌」ベスト1に選ばれる。
『ビコーズ』『女について』『スペインの雨』『彼女について知ることのすべて』『ありのすさび』『5』『アンダーリポート』など、著書多数。

あなたに知っておいてほしいのは、人間にとって秘密を守るのはむつかしいということです。
たとえひとりでも、あなたがだれかに当せんしたことを話したのなら、そこから少しずつうわさが広まっていくのは、避けられないと考えたほうがよいでしょう。(【その日】から読む本)
本文 抜粋

地方の都市の書店の店員をしていた古川ミチルは、お昼の休憩時間に、歯医者に行くと出かけた。
外出のついでにと、同僚に頼まれた宝くじを買って、そのまま二股かけていて不倫相手で、東京へ帰る豊増かずきを見送るつもりだったミチルは、ふっとした気分で、豊増と一緒に空港行のバスに乗りのんだ。
空港で分かれるはずだったはずだったが、ミチルはそのまま、飛行機に乗り込んで、東京へ行ってしまう。
持ち物は小さなバッグと、書店の同僚で口が堅く信用できる初山の日傘だけだった。その日傘も途中で無くしてしまった。
大して何かを考えていたわけではなかった。
ほんの2,3日東京で過ごして帰るつもりだった。
ミチルが居なくなって、郷里の書店や家族は大騒ぎとなった。
銀行の預金は親に閉じられしまい、豊増は、ホテル代は出してくれているが、持ち金はわずかで、ミチルは東京での暮らしに途方にくれることになる。

豊増には家庭がある。
このままでは、郷里に帰るほかない。
ミチルは幼なじみで東京の大学に通う、2歳年下の竹井のワンルームマンションに身を寄せるようになる。

小さい頃に実母を亡くしているミチルだった。
父の再婚で義母がいるが、祖母からの本当の母ではない言い聞かされていた。
このままでは、家に帰るしか仕方がないと諦めかけたとき、故郷を出るときに買った宝くじの中に一等2億円が当たっていることが分かる。
『これで家に帰らなくてもいい。』
ミチルは、ほっとしながらも、手にしたことのない大金をどうしたらいいのか分からず、不安にさいなまれることになる。
『地元では、ミチルの買った宝くじが一等に当せんした事で騒ぎが起きているかもしれない。』
『いや、きっと誰かが気がついて連れ戻しに来るかもしれない。』
同僚の初山に時々連絡を取り、様子を聞くが、うっかりと宝くじのことは言えない。

手持ちのリュックの中には、2億円のために東京でつくった預金通帳が入っている。
銀行からは、当選者に渡される冊子が手渡されている。
「【その日】から読む本」というその冊子を繰り返し読む。
読むと気がほっとした。
東京で生活するうちに、ミチルの豊増への気持ちも変化していく。

行き当たりばったりで流されていくミチルの平凡だった人生は、ふとしたはずみから想像もしてなかった方向へと転がっていく。
手に入れた大金、ふとしたはずみで起こった殺人事件、その殺人を隠すためにとった処置など、後悔しても、いつも罪悪感や不安に取りつかれるようになっていく。

サスペンスとしての質も高い作品だ。
飽きないストーリー展開は、時間を忘れてページをめくる。

身の上話として書かれていて、語りは後のミチルの夫となる香月だ。
なぜ、この話が語られるのか。
なぜ、その必要があるのか。
最後を読むまで、その語りの意味は分からない。

人間として、どう生きていくのか、を問われているような感じにもなっているこの作品は、何も考えずに、ふとしたはずみで予定よりも多めに買った、たった一枚の宝くじが当選したところから始まる。
『もし、あなたが2億円の宝くじが当たったら、どうしますか』と言う問いと共に、人間に対する不信感や自分自身への疑惑も含めて、問いかけてくるような気がする。

(J)

「身の上話」