三崎 亜記 みさき・あき
1970年福岡県生まれ。
熊本大学文学部史学科卒業。
2004年、「となり町戦争」で第17回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。
ほかの著書に「バスジャック」「失われた町」。

二人の記憶
ぼくの彼女の薫は、勘違いが多い。
今日も、駐車場に車を入れようとすると、薫が、「えっ、またこの店に行くの?」「昨日の今日だから、そんなのめずらしいなって思って。」と言う。
「ん?んん・・・」僕はあいまいに返事する。
確かにこの店にはよく来ているが、昨日は逢ってないし、以前に来たのは1か月ほど前だった。
昨日は別の誰かとこの店に来たのだろう。
まあ、こんな行き違いは程度の差こそあれどんなカップルにも起こりうることなんだと、そう自分に言い聞かせる。

次に、僕たちが逢ったのはそれから一週間後で、僕は待ち合わせの映画館の前で、ぎりぎりの時間に薫と出会う。
聴く音楽や読む本のジャンルでは友好な隣国関係を築いていたが、映画に関しては紛争が起きそうなほどに文化的、歴史的背景を異にしていた。
今回は薫の選んだ映画で、僕は不覚にも途中で何回か寝てしまった。
「相手の選んだ映画で寝てしまった方が晩ご飯をおごる」という約束通りエスニック料理が有名な居酒屋に入る。
「う~ん感動したけど、、あのシーン、主人公の女性がいきなり恋人を探しに旅立つ場面って、なんだか唐突すぎなかった?」
居眠りしている間にそんなことがあったのかな?
えっ、でも主人公は男性じゃなかったっけ?
「まさか二人とも殺しちゃうとは思わなかったよ~」
二人とも死ぬ?なんだか内容が違うぞ。
僕はあいまいな返事をして、それ以上映画についてたずねなかった。
料理にも箸がすすまず、大半を残してしまった。

今年の薫の誕生日は祭日と重なった。
僕は多少無理をして前日に休暇を取り、二人で1泊2日の小旅行に出かけた。
車で少し遠出して、海辺のリゾートホテルに泊まる。
薫は「人を愛する」ことに何故か変に覚悟を決めている部分があった。
「あなたのことが好きだから、自分のできる限り、精一杯の力で愛するけど、あなたにもし他に好きな人ができたら、その時はきっぱりあきらめるね」
柔らかな表情の内にたたえられた激しさを決して見せないで、内に秘めて人を愛そうとしていた。
誕生日のプレゼントは指輪だった。
だが、翌日に薫の指には僕のプレゼントとは違う指輪があった。
「ありがとう、大事にするよ。」と薫は言う。

日増しにズレは増していった。
記憶の食い違うならまだしも、5分前の食事の内容さえまったく違っていた。
二人で行った旅行の話を薫はするが、僕には記憶にまったくない。
「二人で築いてきたささやかな歴史」は、薫の話す歴史と、僕の歴史との違いを明らかにする。
メールの写真にも全く覚えがない。

しかし待てよ。
僕は薫の問題だと思っているけど、僕の方ということも考えられる。
ということは・・・。

すれ違いでもなく、心が通わないのでもない。
でも、何かがおかしい。
そんな僕と薫の物語を、ほんのちょっとミステリアスに描く。
ささやかなズレは、どうなるの?
どうしたらいいのだろうか?

面白おかしく、でも切ない物語だが、最後にはハッピーエンド。
「二人の記憶」を含めて、短編7編を集める。
少しミステリアスで、ちょっと怖くて、でもこんな事あるかもしれないような出来事を綴っている。

(J)

「バスジャック」