武者小路実篤 むしゃのこうじさねあつ
1885年5月12日~1976年4月9日
小説家・劇作家・詩人・画家。
東京府麴町区元園町(現在の千代田区)に、武者小路実世(子爵)と公卿出身の秋子(なるこ)との第8子として生まれる。
上5人は幼児のときに亡くなり、一人死産で、姉一人兄一人の三人きょうだいで育つ。
1891年学習院初等科に入学、1906年、帝国大学哲学科に入学するが中退。
仲間と共に、『白樺』を刊行し、その思想の中心的な存在となる。

脚本家野島と新進作家大宮とは、厚い友情で結ばれていた。
二人は様々なことを語った。
意見の違うこともあったが議論に議論を重ねて、互いを理解しあっていた。

野島は帝国劇場で、仲田とその妹の杉子と芝居を見る。
野島は写真でしか見たことのなかった杉子に興味を持ち、その美しさを感じた。
16歳の杉子はまだ結婚は早いだろう。
が、野島は杉子が忘れられない存在になっていた。

矢島は、大宮に杉子のことを話した。
それが、一番安心で心地よかった。
また、大宮に話すことで2人の間の友情は、信頼と尊敬が深まっていくのがよく分かった。
大宮の従妹の武子もまた、大宮を尊敬し崇拝していた。
大宮は周囲からも小説家として、注目され、人望も厚かった。

野島は、人好きな仲田の家に行き、杉子に会うことを心待ちにして、会うと心が躍り、増々彼女への愛情を深めていった。
杉子に会っては、大宮に話した。
大宮は面倒がらずに彼の話をよく聞いてくれた。
野島にとって大宮は、感謝する相手だったし、友情も深く感じていた。

仲田家と大宮家は、夏の間別荘に行く。
野島も大宮家宅に泊まり込み、仲田や大宮、杉子や武子や、それ以外に仲間たちとひと夏の間、大いに楽しんだ。
ただ、時々、杉子が大宮を見ているような気がする野島だったが、杉子と共にいる楽しさに、そんな不安はどこかに消し飛んでしまうかのようだった。
別荘から東京に引きあげる前に、大宮はヨーロッパに行くことを野島や家族に告げる。
人間としての幅を広げ、より世の中の役に立つ存在になるべく見聞を広げようとしてだった。

大宮を送り出す船の見送りで、一人ぽつんと大宮を見送る杉子の姿を見た野島は、彼女が大宮を愛していることに気づく。

厚く固い友情で結ばれた二人の男たち。
友情を守るためにヨーロッパに発った大宮。
愛情か友情か。
互いに悩み、互いに傷つく。
互いに悩みながらも、互いに誠実であろうとする二人は、この物語が導き出す悲劇の結論よりも、もっと美しい何かに溢れているように感じられる。

清冽な文章の導き出す、清く強いこころ模様は、心地よい読後をもたらす。
古い作品だが、どこかに無くしてしまった何かを、この文章は思い出させてくれるようだ。
憎しみは強さに、心残りは将来への希望に。
だが、どうしようもない一人ぼっちの感じだけは、ぬぐい去れないものとして残る。
仕事を介して野島は将来を誓う。

(J)

 

「友情」