J.M.G.ル・クレジオ
1940年、イギリス人を父に、フランス人を母に南仏ニースに生まれる。
1963年『調書』でルノード賞受賞。
1965年に短編集『発熱』を発表、1966年に長編の本作『大洪水』を発表して作家としての地位を確立した。
著書多数。
2008年、ノーベル文学賞を受賞。

青年フランソワ・ベッソンは、今は学生だった。
勤めていた私立学校の教師をやめ、両親の住む街中の荒れ果てた古い家に戻っていた。
夜更けに、自分の部屋でアンナ・マチルドからのテープを聞く。
闇におぼれるものを見つめたあと、ベッドに戻り眠ろうとするが、
結局、うつろな部屋という立方体に中で、眠れぬ夜を過ごす。
母親が部屋に来て少し話すが、「おやすみなさい」のあと、母が様子をうかがっているのではないかと疑うが、しばらく後に銃を持っているように両手でかまえてばんばんと復讐の弾を打つ。
母の顔には心にしみるいたわりと愛情が表われていた。

ジョゼッタとデートする。
ベッソンの婚約者だ。
部屋に閉じこもって仕事をする。
部屋に差し込む光線はまっすぐに射しこんでいた。
雨の音とともに、さまざまな変わった音が聞こえてきた。
・・・呻き声、鈍い打撃の音、軋む音、唸り声、ラッパの音、大人の声、子どもの叫び。
また赤毛のリュカという同じ赤毛の子供と会う。
しばらくすると、彼女がベッソンに好意を持ちだしたので、部屋を出る。

家にあるものを焼き払い、家を出る。
教会で祈る。
乞食になる。
見知らぬ男を殺す。
旅に出る。
そして、太陽で目を焼き、めくらになる。

万物の死の予感から逃れ、生の中にある死を逃れて錯乱と狂気のうちに眼を焼くベッソンの13日間の物語。
独特の文体は一見人間への存在へのさまざまな思いを書き出しているように見える。
社会のモラルを信じず、神を冒涜し、単に一個の個体として生きているベッソンは、親や恋人とも人間的な感情で結ばれていない。
「ある人間と、テーブルとか風景など、彼の周囲にあるすべてのもののあいだの心理の方が真実であり、人間存在とは独自なものであり、現実から発し、彼をとりまく世界から発する関係によって決定される。」(『文芸』1967年8月・クレジオ)
ハチャメチャにみえるベッソンだが、神父への懺悔のシーンがある。
今まで、人を軽蔑し軽んじてきた自分の行いを告白し、その後で償いのために乞食になるが、人々が彼を見る目は、まさしく蔑視であった。

この『大洪水』で作家として不動の地位を獲得したというクレジオは、“人間存在”を問いかける。

(J)

 

「大洪水」