吉永 南央 nao yoshinaga
1964年埼玉県生まれ。
群馬県立女子大学卒業。
2004年、「紅雲町のお草」で、第43回オール讀物推理小説新人賞を受賞。
同作を含む『紅雲町ものがたり』(文庫化に際し、『萩を揺らす雨』に改題)で単行本デビュー。
以降、「紅雲町珈琲屋こよみ」シリーズとして人気を博す。
他の著書に『誘う森』『Fの記憶』『オリーブ』『RE*PAIR』『青い翅』など。

観音さまが見下ろす街で、コーヒー豆と和食器の〈小蔵屋〉を営む杉浦草は、数え(生まれた時を一歳とする)で七十六歳。
彼女は熱烈な恋愛の末に結婚するが、のちに離婚し、夫の手元に残した、男の子は3歳で水に溺れるという事故で亡くす。
両親のもとに帰り、雑貨屋を手伝っていたが、両親も亡くなり、六十五歳の時に、最後に自分の夢をかけてみるのもいいじゃないかと思い、雑貨屋を建てかえて和食器とコーヒー豆のお店〈小蔵屋〉を出した。
年金生活に入る年齢になってから夢を叶えた。
まだまだ元気なお草さんは、従業員の久実さんと一緒に頑張っている。
パソコンも習うし、〈小蔵屋〉では、サービスでコーヒーの試飲もできる。
それが目当てで町の人が集まり、いろいろな噂話に花が咲く。

そんな噂話に、近所のマンション「クオリティライフ紅雲」で様子のおかしい部屋があるという。
窓に血の跡があるとか、大きな物音がするとか・・・。
102号室は、小宮山家は、再婚の夫婦と中学一年生の息子が一人で、最近お母さんを引き取ったらしい。

気になったお草さんは、閉店後一人でマンションのまわりをうろうろとする。
引き取られたお母さんが虐待されているのでは疑いを持ったのである。
初めて行った朝には余計なことかと思いもしたが、どうしても足がマンションに向かう。

翌日にバレンタインデーを控えた火曜日は、朝から大忙しだった。
例年通りのささやかな売れ行きで、チョコレートには勝てないと諦めていたところ、
テレビで備前焼を紹介する健康番組が取り上げられ、思わぬ売れ行きを示した。
手元のノート型パソコンには―老人介護の現場で暴力―とある。
午後十時を過ぎた住宅地を歩いている人はなく、時折、車が走り抜けるくらいだ。
街路樹に引っかかっていたペットボトルを傘でつつき落して拾った。
他人の家は密室だ。
あの老婦人はどうなっているのだろうか。
でもやはり考え過ぎかもしれない。
肩に掛けたショールを胸元に掻き寄せ、鼻を埋める。
そのとき、「大丈夫ですか」と声をかけられた。
三十代後半くらいの制服の警官だ。
草は決まりが悪くなって急いで笑顔を作る。

「大丈夫です」と自宅方向でなく十字路を真直ぐに渡って歩き出そうとすると、警官が「こっちじゃなくて、あっちでしょう」という。
「とにかく送って行ってあげますから」とまるで迷子に話しかけるような、甘ったるい口調で警官は言う。
最近、この辺りをずっと歩いている草を、痴呆で徘徊しているという通報があったという。
この何日かの草の行動は、他人の目から見たら、そう見えるのか。
「大丈夫です」「失礼もほどほどにしてください。わたしは呆けていませんよ」草は腹の底から叫んでいた。

老女が一人で夜な夜な町を歩く。
確かに、徘徊の見えるかもと思いながらも、何ともいえない屈辱感が心に浮かぶ。
人が虐待されているかもしれないという切実な思いは、確かに誰からも見えない。
草の徘徊の噂は翌日には近所に広まっていた。

あばあさん探偵『お草さん』は、穏やかで時に辛辣で、人生経験に裏打ちされた観察力と洞察力に富む。
おばあさんを取り巻く環境の変化は、老老介護や無縁社会で代表される。
その上、近所の人の噂話にも思わぬ不意打ちに出会う。
「老人の現実」が話の中にも随所に浮かび、ユーモラスに描かれてはいるが、何故かドキッとし、苦しくもある。
文中で寄る年波に、店をたたむ事も考えながらも、ひそやかに自分のできることに精一杯気持ちを傾ける草さんの姿がある。
読んでいて清々しくなる話しだった。

(J)

 

 

「萩を揺らす雨」