森 絵都 (もり えと)
1968年東京都生まれ。
早稲田大学卒業。
90年『リズム』で講談社児童文学新人賞を受賞しデビュー。
同作品で椋鳩十児童文学賞を受賞。
『宇宙のみなしご』で野間児童文芸新人賞、産経児童出版文化賞ニッポン放送賞を受賞。
『アーモンド入りチョコレートのワルツ』で路傍の石文学賞、『つきのふね』で野間児童文芸賞、『カラフル』で産経児童出版文化賞、『DIVE!』で小学館児童出版文化賞を受賞。
『風に舞いあがるビニールシート』で第135回直木賞を受賞。
小説に『ラン』『架空の球を追う』『異国のおじさんを伴う』『気分上々』などがある。

守護神

今度ばかりは負けられない。気圧されてはならない。一歩もあとへは引けない――。
ニシナミユキの待つ二〇八号室へと向かうあいだじゅう、祐介は花道を行く力士のように気合いをみなぎらせ、ややもすると心に忍び寄る弱気と闘った。
仄暗い廊下にはすれちがう人影もなく、ひんやりと静まりかえっている。
冬休みを目前にしたキャンバスは後期試験やレポートのチェックに訪れた学生たちでにぎわっているものの、二〇八号室を有する20号棟はそんな喧噪からはほど遠い敷地の北端にあった。
隣接した新校舎の陰になってからは授業に用いられることもなく、もっぱら学生たちの自習や勉強会に利用されている。

本文より抜粋

一年前にニシナミユキに提出レポートの代筆を断られた山代祐介は、今年も目の前に控えている提出レポートの代筆を頼もうとミユキのいる部屋へと急ぐ。
第二文学部国文科に通う祐介には忙しい日常が待っていた。
平日は朝の七時から五時までフリーターのホテルの仕事だ。
大安の日曜や祝日は十二時間労働で、休日は月に二、三回だ。
書きたくても書けないレポート、どんなに頑張っても時間が足らない。
去年の屈辱を晴らすべく、再びミユキに会う。そうレポートの代筆を頼むためだ。
どうしても四年で卒業したかった。
フリーターで勤めるホテルの担当マネージャーがいい人で、何かと便宜を計ってくれる。
その気持ちにも応えたいのだ。
高卒と大卒では、一生のあいだに稼ぐ金が一億違うという。
それがもちろん一番の理由ではあるのだが・・・。

去年の二の舞にならないよう、祐介はニシナミユキの顔色に注意を向ける。
その冷たい気配の顔は変わらない。
彼女はタダで代筆してくれるというが、、選考基準が厳しいという噂だ。
祐介は、物心のついた頃から本を読むのが好きだった。
読んでくれ、読んでくれと絵本を持って母親を追いかけまわしてうとまれた。
国語の授業中に教師を質問攻めにしてうとまれ、誰も知らない本の話を友だちに延々と聞かせてうとまれた。
憧れの女子からもネクラといわれ絶縁状をつきつけられた。
高校卒業後、東京で運送業を営む父親の知人を頼って上京したが、一年後会社は倒産し、
その後、バイトを転々とし、腰を落ちつけたのが、今のホテルの仕事だった。
存外に楽しく居心地も良かった。
世話になっているマネージャーからは正社員にならないかと持ちかけられている。
大学の話を思いきってマネージャーに打ち明けたら、二つ返事で賛成してくれた。
5年後でもいいから正社員にという。

どうしても早く卒業したいのだ。
そのためにはニシナミユキにレポートの代筆をしてもらわなくてはいけない。
どうしても・・・。

ニシナとの話しあいは思わぬ方向へと進んで行きことになる。
とどのつまり、ニシナはレポートは今年も書かなかった。
だが、なぜかすっきりとした心持で祐介は二〇八号室を出ることになる。
その理由は?

自分が本当は何を求めているのかを知った祐介は、
必死でレポートを書くだろう。
きっと!!

(J)

 

「風に舞いあがるビニールシート」