白石 一文 (しらいし かずふみ)
1958年福岡県生まれ。
早稲田大学政治経済学部卒業。
出版社勤務を経て、2000年に『一瞬の光』で小説家としてデビュー。
2009年『この胸に深々と突き刺さる矢を抜け』で、第22回山本周五郎賞を受賞する。
他の著作に、『僕のなかの壊れていない部分』『永遠のとなり』『心に龍をちりばめて』などがある。

どれくらいの愛情
正平には失明恐怖があった。
何故だかわからないがその恐怖に付きまとわれている。
いつか見た映画でいわれた台詞がある。
『あなたは本当に失明した瞬間に、その失明の恐怖から解放されるのです。』と…。

5年前に正平は、結婚を目前に控えた井沢晶に裏切られた。
晶に恋人がいて、その人の為に正平を騙してお金を騙し取ろうとしたのである。

正平は裏切りとショックの苦しみの中、家業の「博多ぜんざい・ナカムラ」に打ち込み、思わぬ成功を収める。
支店を5店舗を持つようになった正平は、多忙な日々を送っている。

そんなある夜、しかも明け方の午前4時、携帯電話が鳴り響く。
電話の相手は晶だった。
この5年間一度も電話をかけてこなかった晶だったが、携帯は鳴り続けている。
シカトしようかと思いながらも、正平は電話に出る。
「あっ」という驚いたような声はまさしく晶だった。
すれ違いの100回記念だから電話したという。

呆れながらも未だに正平は晶が諦めきれない。
あれほどひどい目に遭いながらも、どうしても晶のことを思いだすのだった。

この電話をきっかけに、正平は再び晶と出会うようになる。
しかし正平は晶は癌かも知れないということを告げられる。
手術をして果たして晶は再び健康になるのだろうか。

そしてまた、その晶の元で、正平と別れるきっかけになった相崎哲也にも出会うことになる。

物語は、正平と晶の再会に始まる。
正平の母・雅恵と雅恵が進める結婚相手である早苗や、仕事仲間でもある尾形龍太郎。
そして尾形の妻・佐和子の死や、先生と呼ばれる木津先生、晶の勤めるお店の弥生ママ、晶の二人の兄など、実は正平と晶が別れた本当の理由を知る人たちが登場する。

次第に明らかになる晶の過去や、正平自身のこと。
正平と晶が別れた本当の理由が明かされ、再び別れが訪れるとき、正平が導いた結論とは…。

「さっき、五年前にきみたちが別れたのは、それが二人に与えられた運命だったからだと僕は言ったよね。
でも、もしきみたちがもっともっと強い意志を五年前に持つことができていたら、本当はその運命だって変えてしまうことは可能だったんだ。
だけど彼女にも、そしてそれ以上に正平君にも、自らの運命を変えるだけの強い意志がなかった。
あのとき本気で自分たちの運命を変えたかったのなら、きみたちには堅忍不抜のずっとずっと強い信念体系が必要だった。
もともと人間というのは、誰にしろ自分に与えられた運命を自分で変えることができるように作られているし、その方法も知っている。
与えられた運命というのはいわば地面のようなもので、その地面があるからこそ、そのから飛び立つことができる。
また与えられた運命は、最初に乗る駅のようなもので、その始発の駅があるからこそ、別の目的地に向かって旅立つことができる。
しかしそうでありながら、一方で人間というのは、そうやって運命という名の大地から飛び上がったり、運命という名の最初の駅から飛び出したりすることをなかなかしないんだ。…」
本文 抜粋

「正平君、絶望というのは希望の種のようなものなんだよ。
人間が前世から引きずってきた業や因縁というようなものを、この現世で断ち切るには、よほどの意志力と覚悟が必要なんだ。
そして、そうやって絶望したときこそが、そのカルマを解消する壱台チャンスなんだ。
むしろどんな苦労も、そのためにあると言っても言い過ぎじゃない。
もし正平君が彼女のカルマ、これは運命と言い換えてもいいけれど、を断ち切ってあげたいなら、まずは共に彼女の絶望を生きること、つまり、きみが彼女の絶望を背負ってあげることが大事なんだ。
そして、きみたちにとってこの五年がそのための五年だったと思えば、ちっとも長くはなかったんじゃないかな。…。」
本文 抜粋

恋愛小説ながら、読みどころのある物語となっているように思う。
一人の人を愛し続けることの意味を、作者流に語る。
そんな面白さがある。

(J)

「どれくらいの愛情」