前野 隆司 まえの たかし
1962年生まれ。
慶応義塾大学大学院システムデザイン・マネージメント研究科教授。
1984年東京工業大学卒業、1986年同大学大学院修士課程修了後、キャノン(株)入社。
1995年慶応義塾大学専任教授。
助教授を経て現在教授。
博士(工学)。
ロボットーヒューマンインタラクション、人と社会の欲求・幸福・協生・平和の研究、コミュニケーションシステムデザインの研究等に従事。
『錯覚する脳』『脳の中の「私」はなぜ見つからないのか?』
『思考脳力のつくり方』など。

自分の心とは何か?
哲学や形而上学、宗教、心理学で、様々に考えられてきた心の謎を、脳システムから解明する。
一般に考えられている『自分』とは違う、革命的な『自分』論である。

『自分』って、脳から見ると受動的な存在だそうだ。
つまり、脳が働いてから、私たちは物事を認知するそうだ。
通常、私たちは、自分の意志が働いて脳が動き、そして行動すると考えるが、それそのものが錯覚なんだそうだ。

私たちの視覚は、オーグメンテッドリアリティと似ている。
つまり、リンゴなのか、赤いのか、などの特徴が抽出されていない生の画像に、大脳で計算して求めた「赤いおいしそうなリンゴ」という情報を巧妙に重ね合わせ、「私」(意識)に対して表示しているようなものだ。
つまり、私たちが、「赤いリンゴを見た」ことを「意識」するとき、実は、私たちは、素の画像だけを見ているのではなく、脳で加工された結果作り出され、画像にあわせて表示された、生き生きした「赤いリンゴ」のクオリアを同時に感じているというわけだ。
私たちは、「赤いリンゴ」を目で見ているわけではない。
視覚受動器が検出しているのは、何の意味も持たない画像。
「赤いリンゴ」は、脳で作られた情報なのだ。
本文 抜粋

リベットは、時計回りに光の点が回転する時計のような点滅モニターを作った。
そして、脳に運動準備電位を測るための電極を付けた人に、モニターの前に静かに座ってもらった。
その人には、心を落ち着けてもらい、「指を動かしたい」という気持ちになったときに、指を動かしてもらった。
さらに、「指を動かしたい」と自発的に「意図」した瞬間に、光点の位置がどこにあったかを尋ねた。
つまり、「意識」が「動かそう!」と「意図」する指令と、「無意識」に指の筋肉を動かそうとする準備指令のタイミングを比べたのだ。

「意識」と「無意識」と。
そりゃぁ、決まっている。
人が指を「動かそう!」と「意識」するのが最初で、その指令が随意運動野に伝わるから、「無意識」のスイッチが入り、運動準備電位が生じ、最後に指が動くんじゃないか。
この順番に決まっている。
こうお思いだろうか。
ところが、結果は衝撃的だった。
なんと、「無意識」下の運動準備電位が生じた時刻は、「意識」が「意図」した時刻よりも三五〇ミリ秒(0.35秒)早く、
実際に指が動いたのは、「意図」した時刻の200ミリ秒(0.2秒)後だったのだ。
本文 抜粋

これ以外にも、『自分』とは何か?
『私』と『自分』とはどう違うのか?
など、心理学とも地続きの様々な理論が脳のシステムとして説明されている。

難しい言葉を使うわけでもなく、読んでいて分かりやすく書かれている。

脳に関する研究は日進月歩で進んでいる。
心を持ったロボットは、必ずできるという。
もし、そんな日が来たら・・・。
まだまだ映画の世界で、現実的に想像するの難しいな・・・。
でも、とっても便利か、または・・・。

(J)

「脳はなぜ「心」を作ったのか  「私」の謎を解く受動意識仮説