重松 清 Shigematsu kiyoshi
1963年(昭和38年)、
岡山県生まれ。
出版社勤務を経て執筆活動に入る。
’91(平成3)年『ビフォア・ラン』でデビュー。
’99年『ナイフ』で坪田譲治文学賞を、『エイジ』で山本周五郎賞を受賞。
2001年、『ビタミンF』で直木賞を受賞する。
現代の家族を描くことを大きなテーマとし、話題作を次々と発表している。

『ビタミンF』は、7つの短編小説を集めてある。
テーマは家族が中心である。

ニュータウンの団地前で落書きをしたり、自販機から小銭を盗んだりする悪友を拒めなくなっている、おなじマンションの少年の話。

波風の立たない、いたって平凡な暮らしのなかで宝くじを一枚づつ買っていた亡父と、仲間の誘いを断りきれずにいる息子。

聾学校でのボランティア活動を期に、優等生ぶってた自分を責めはじめた娘と、浪人中の息子の反抗など、etcetc…。
いつもまにかふっと気づくと家族に何とも言えない隙間がある。
そんな心理を実に巧みに表現している。

セッちゃん
「ちょーかわいそうなの、セッちゃんって」加奈子はクッキーを頬張って言った。
唐突に切りだした話だった。
夕食後、「宿題があるんじゃないの?」
と母親の和美に小言を言われながらリビングに居残ってテレビを観ていた加奈子は、ドラマがコマーシャルに切り替わると同時にセッちゃんの話を始めたのだ。
「ソッコーだよ、速攻で嫌われちゃったの、みんなから」「なんで?」と和美が訊くと、加奈子は「さあ……」と首をかしげ、口の中のクッキーを紅茶で喉に流し込んで、「よくわからないけど」と付け加えた。
「わからないって、そんなの、理由がなくて嫌われるわけないでしょう」「そう?あるんじゃないの?そーゆーのも」
本文 抜粋

中学2年生の加奈子は、〝素直でいい子に育った”と雄介は親バカとあきれられても思っていた。
一人娘で多少甘やかしてしまったかもしれないが、なにより明るくて積極的である。

そんな加奈子は、2学期の初めに引っ越してきた転校生のセッちゃんの話をくり返しする。
セッちゃんはクラスから浮いているという。
加奈子の話を聞きながら、雄介も和美も気分は良くない。
新しい学校になじめればそんなことも無くなるだろうと思っていた。

ところがセッちゃんは、9月の終りになっても学校になじめなかった。
セッちゃんの話に相槌を打ちながら、ため息は深くなっていく。

10月の初めの運動会の数日前の夜、いつものようにセッちゃんの話を始めた加奈子は、クラス全員で決めた振り付けがセッちゃんにだけ知らせてなかったことを両親に話す。

一人だけ、全然違う振り付けをする彼女のことを話す加奈子についに雄介は話をとめる。

加奈子に止められていたにも関わらず、運動会を見に行った雄介と和美は、ワンテンポ遅れて踊る我が子を見ることになる。

いじめられている自分を架空の転校生〝セッちゃん”に仕立てて、作り話のなかに逃げることでどうにか割り切りしている娘・加奈子。

事実を知った両親は、事の重大さに戸惑い、苦しむ。
学校に娘がいじめられているという話しても、これという解決策もない。
自分たちの不甲斐なさを感じながら、この《どうすることも出来ない現実》《取り返しのつかなさ》に直面することになる。

雄介は、駅前の商店街でふと目にした『身代わり雛』を買う。
苦しみや痛みの代わりになってくれるという『身代わり雛』。
そんなに簡単には現実は変わらないだろう。
でも、家族はその人形に願いを込め、川に流しに行く。

「流されても、持ち主の子が元気になってくれれば、人形は嬉しいんだよ。」
鳥がまた一羽、身震いするように翼を動かして浅瀬に舞い降りた。
和美はコンクリートブロックの上にしゃがみこんだ。
加奈子は首をかしげながら、掌に載せたお雛さまをじっと見つめる。
横顔が、ふっとゆるんだ。
「あのね、カナ……」和美が後ろから声をかけたが、言葉はつづかなかった。
「言ってなかったっけ?」―-加奈子の、軽い声。
「セッちゃんってさあ、また転校していっちゃったんだよね」と同じ口調でつづけ、さらに軽く、ゴム風船を中に放つように「べつにいいけどね」と笑う。
雄介は息をゆっくりと吸い込み、吐き出して、また吸って、言った。
「カナ、流そう」
本文 抜粋

(J)

「ビタミンF」