中島 京子(なかじま きょうこ)
1964年東京都生まれ。
出版社勤務、フリーライターを経て、2003年『FUTON』でデビュー。
06年『イトウの恋』、07年『均ちゃんの失踪』08年『冠・婚・葬・祭』がそれぞれ吉川栄治新人賞候補に。
10年『小さなおうち』で第143回直木賞を受賞。
著作には、『平成大家族』『東京観光』などがある。

昭和5年春に、尋常小学校を卒業したタキは、農村での口べらしに女郎屋に売られることもなく、東京の小説家の小中先生の家に女中奉公する。
翌年に、小中先生の知り合いの娘さんで、
子どもの手がかかるという理由で
別の家に女中に入る。
小中先生の大所帯に比べて、小さな家であったが、そこでタキは、大切な思い出となる平井家の時子奥様達に会う。

恭一ぼっちゃんを抱いた時子奥様は、目のぱっちりした、美しい人妻で、年は22歳になったばかりだった。

地方から出てきて、東京が物珍しいトキに言葉の訛りを東京風の話し方に変えたり、娘時代の銘仙の着物を仕立て直して惜しげもなくトキに呉れた。

時子奥様の最初のご亭主は、サラリーマンらしかったが、不景気で会社を首になり、生活が荒れてお給料を飲んでしまって、子どもが居るにも拘らず、家になかなか帰らないという暮らしだったが、階段で足を滑らせて亡くなる。

二度目の嫁ぎ先の平井家は、子ども連れ、女中連れの結婚となる。
昭和7年の暮れに東京の郊外に小さいけれど洒落た赤い屋根の小さなおうちを建てられた。
玄関先のステンドグラスや応接間の丸窓などがあった。

晩年にトキが物語を語るかのように女中奉公で入った平井家のことや、時子奥様や恭一ぼっちゃんのこと。
そして、当時の東京の日常を書き記す。

時代は、戦争の気配が漂い、そして、密やかに起きていた“恋愛事件”などの晩年のタキの記憶を通してノートに綴られる。

タキの甥の次男坊の健史は、このノートを見つけて読む。
歴史の教科書の内容と違うノートに健史はコメントをするが、タキにはそれは通じない。

二・二六は、たしかにおそろしい事件だった。
東京中が深雪に包まれたあの日の朝、政府の重要人物が何人も、反乱軍に殺されたのだから、帝都を震撼させたのは間違いない。
けれど、水ぬるみ、
季節が変わっていくごとに、どこか遠いところで起こった事件のように感じられていった。
だいいち、東京の郊外にあった平井家では、そうした都心の大事件は、少し遠く思えたものである。
それにわたしには、二・二六事件に関して、小さな良い思い出がある。
本文 抜粋

タキが亡くなり、ノートは健史の手に残る。
忙しさにノートの存在すら忘れかけていた健史は、ふとしたことから、タキが書き残さなかったノートの続きを追うことになる。

イタクラ・ショージは、ブラックユーモアを滲ませる作品で知られた昭和の漫画家であった。
そのイタクラ・ショージ記念館の建物は、『小さなおうち』という洋館建て。
彼の作品でも極初期のものとされる『小さなおうち』を見た健史は、ブリキのおもちゃと共に、タキのノートに引き戻される。

どこにでもあるような日常の風景と共に、そこで過ごした何気ないようでいて、実は、大切な思い出。
結末を追う楽しさと共に、歴史が示すものと、一人の女性・タキという人の目を通してみる世界との違いは、興味深く読める。

今、私が過ごす日常も歴史の中に記されるのだろう。
でも、私個人の日常と歴史は重なるようでいて重ならないのかもと思いながら静かに本を閉じた。

(J)

「小さなおうち」