高橋 秀実 Takahashi Hidemine

1961(昭和36)年横浜生まれ。
東京外国語大学モンゴル語学科卒業。
テレビ番組制作会社勤務を経て、ノンフィクション作家。
著作に『TOKYO外国人裁判』『にせニッポン人探索記』『トラウマの国 ニッポン』『はい、泳げません』『やせれば美人』など。

平等なゲーム -車椅子バスケットボール

害者が書いた『五体不満足』がベストセラーとなった。
障害を不幸としてとらえない彼のその爽やかさぶりが大いに受けたのである。
おかげで性格が爽やかでない障害者は「何でお前は暗いのか?」と言われるようになった。
「障害者を差別してはならない」「心のバリアフリー」とはマスコミの決まり文句である。
しかし社会保障などを考えれば、きちんと区別する必要がある。
駅の通路も、障害者用を設けずにバリアフリーにすれば、健常者は親切できる機会が増えてうれしいが、「迷惑になる」と心苦しくなるのは障害者の方である。
福祉充実の一方で、日本の障害者は後ろ向きに生きることを法律で禁じられている。
障害者基本法にこうある。
「障害者は、その有する能力を活用することにより、進んで社会経済活動に参加するよう努めなければならない」(第六条①)
本文 抜粋

ケイソン(頚損)バスケット。
頸椎(首)の損傷により、上半身に麻痺の残る人々がバスケットバールをする。
〝車椅子バスケット”は、脊椎損傷の人たちがするらしいが、より重い障害の頸椎損傷のある人たちがここ10~20年ぐらいの間に競技にした若いバスケットボール。
思い障害を持つ人たちが「平等」に参加できるように、きめ細かく分けられる。

3点選手=ゴールまでボールを投げることができる
2点選手=それはできないが、チェストパスはできる
1点選手=チェストパスができない

五人の選手の合計の点数が11.5点以内になるようにメンバーを組む。

ゴールは二つある。
3点選手は通常のバスケットゴールで、2点以下の選手はその手前に置かれた運動会の玉入れのような低いゴールがある。
そのゴールは周囲に円が描かれており、2点選手はその外からシュートし、1点選手は円内でシュートできる。
1点選手はドリブルをつく必要もないし、1点選手が持っているボールを、2点・3点の選手はつついてはいけない。
障害の重い人ほど有利になるようにできているらしい。

筆者は、このバスケットボールを体験したらしい。
車椅子を動かしながら、ドリブルし、シュートする。
車椅子をうごかすのに夢中になると、相手にボールを取られたり、当然ボールはドリブルすることも出来ない。
ドリブルに熱中すると車椅子は、前にも後ろにもいかない。

「安全なことばっかり考えていたら、 新しい発見はできない」
本文 抜粋

機会均等。
平等を追及した民主主義的ゲームである。
全国に40チームほどあるらしいが、毎年全国大会や地方大会が開かれている。
横浜の神奈川ジャンクスでの取材が取り上げられている。
数年前に主力選手が抜けてしまい、今は試合にほとんど勝てないチームらしい。

「結局、今のジャンクスはお互いがお互いをよくわかってないんですよ。
『これくらいとれ』というパスばっかりなんですよ。
『ここに投げてほしい』という受けとる立場の気持ちがぜんぜんわかってないんですよ。
健常の人はわからないでしょうけど、障害者の世界っていうのは、レベルによってずいぶん違うものなんです。
たとえば3点の人間が1点の人間に『メシ行かない』って誘っても、1点は車の乗り降りとか、その段取りがすごく大変なんですよ。
『あんたらみたいに簡単にはいかないんだよ』
とイラだったり、『待たしちゃ悪いな』と恐縮したり、いろいろ考えちゃうんです。
そういう細かい気持ちがわかりあえないとやっぱりダメだと思うんです」わかりあっていないからパスが通らないのか、パスが通らないからわかりあえないのか。
ほうったパスが届かず相手の足にぶつかる。
ボールがバウンドしてゆくのを見つめる一瞬の沈黙。
「今のはおれのミス」とどちらかが言えばすむものを、お互いが黙ったしまう。
小さな沈黙が積もり積もって試合の後の反省会で噴き出した。
本文 抜粋

お互いのさまざまな気持ちを、お互いが知り合う。
これは障害者に限らず、健常者の世界でも必要なことだろう。
障害者であることで、よりコミュニケーションが必要となる。
そのことが、バスケットを楽しんだり、試合に勝つために必要な条件になるのだろう。

からくり民主・主義の本だと筆者は言う。
民を主体とした、心と思惑の本。
結論の出にくいことを丹念に取材し、それを文章にする。
大変な作業だとつくづく感心する。

(J)

「からくり民主主義」